ⅩⅩⅩⅠ.第二形態!!
一ミリも動かせなかった体が少し反応するようになった。
「大丈夫ですか勇者さん!?」
僧侶ちゃんに癒しの術をかけてもらうと、死に体にみるみる精気が戻ってくる。いつ浴びても心地良い光は、まるでゆったりと温泉に浸かっているように気持ちがいい。ずっとこのままでいたいと思っちゃうな~。
「そう言えば、僧侶ちゃんはよく平気だったね。魔王の魔法攻撃」
わたしや戦士に比べるとダメージ量が十分の一ぐらいだったはずだ。
「きっと装備のおかげですね。この法衣には特殊な術式が施されているので、見た目以上に頑丈なんですよ。果物ナイフなどでは裂けませんし、特に魔法耐性に優れているんです」
さすがはエルメ・クロスのオーダーメイド品だ。旅立つ人の服などというパチ物とはえらい違いである。裁断の際の余った布切れでもほしいところだ。
「魔王は……倒したのか?」
「え? ああ、そうじゃないかな」
僧侶ちゃんに回復術をかけてもらいながら、破壊された城壁を見つめる戦士。
見た感じ跡形もなく消えたみたいだし、仮に生存していたとしても周囲は海である。きっとサメの餌になるはずだ。
「心配することないわよ。ワタシの特大魔法をまともにくらったんだから」
両手を腰に当てて胸を張るいつものポーズで自画自賛するマホツカ。何だかんだでボス戦は全てマホツカの魔法でケリがついているよね。魔王もほぼ一撃って、どんだけハイスペックなんだよこの魔法使いは。連発できないのが瑕だけど。
「そうですね、終わってしまったんですよね……」
哀愁感漂う僧侶ちゃんの横顔、是非とも絵に描いて永久保存しておきたい!
と、それは置いといて。気持ちは分かるよ、僧侶ちゃん。辛くて死にそうな思いもしたけれど、掛け替えのない旅だった。ここで終わってしまってしまうのは少し残ね――、
『……くくくくく、これで倒したと思っているのか、勇者よ』
…………。
「? マホツカ、何か言った?」
「はっ? どうしてワタシになるのよ。こんな品性の欠片もなければモテそうもない笑い方なんてしないわよ。戦士じゃないの?」
「私はこんな潔悪い台詞は吐かん」
「「「…………………」」」
「……皆さん、素直に認めましょうよ」
僧侶ちゃんの頼みでも、それはどうだろうな……。
『貴様ら何故ガン無視している! 我は何度でも復活するぞ。勇者、貴様を棺桶に入れて地中に埋めるまではな!』
いや、入れるまででいいよ。
「ホラッ、熱烈なプロポーズされてるわよ、勇者」
せっかくのいい雰囲気に水を差したのはもちろん魔王だ。まだ生きていたとは、しぶとい。
気が付くと魔王が最初に出現した位置に再び魔方陣が浮かび上がっていた。真円の中に不気味な一つ目があり、それがゆっくりと開眼する。
「んがっ?」
漆黒に染まる妖気のようなガスが辺りを漂うのと同時に、ナマモノのすえたような臭いが鼻を突いた。耐え難い苦痛である。なに、これ?
「何だ……この男性更衣室のような臭いは?」
「鼻が曲がりそうです……」
「勇者、早くどうにかしなさい!」
無茶言うなって。あと戦士、その感想の詳細は後でゆっくりと聞こうか。
「さあ、本当の闘いはこれからだ!」
!?
魔方陣から現れた主の声だけは魔王のそれだった。
しかし、その姿は完全に異形と化していた。白と赤の内臓色の肉塊が支離滅裂な形をしている。顔の位置は辛うじて分かるのだが、それ以外の部位に関してはもはやどこが手だか足だか判別できない。そもそもないのかもしれない。ただただヘドロのような流体がドロドロと崩れては混じり、混じっては崩れてを繰り返している。
極め付けは梅雨場に一週間ぐらい放置した生ゴミ以上の異臭を放っていることだ。
「何その姿は? いや、その臭いは!?」
「ふはははははははっ。これこそが我の第二形態。己の肉体を分解し、新たなる生命体へと変容させる闇の禁術魔法の効果だ! その名も《魔王・エヴォリューション》!!」
どーんっと、グジュグジュと不快な音を立てる魔王が言い放った。
「エ……エヴォリューション?」
「『進化』、という意味ですね」
「これが進化……なのか?」
「ただ気持ち悪くて臭くなっただけじゃない」
進化しすぎて肉体が腐敗していませんか、魔王さん?
「この匂いはアンデッドの力ゆえだ。つまりは不老不死の香りなのだよ。さらに極大な再生能力のためダメージを負おうが瞬時に傷が回復する。どうだ? すごいだろう!」
うん、すごいね。でもわたしはごめんだ。こんな醜悪な姿になるぐらいなら、立派に天寿を全うする道を選ぶよ。あと臭いから近寄らないでね、喋りもしなくていいよ。
「はははははっ。それでは第二ラウンドといこうではないか!」
自信満々の哄笑。何はともあれ戦わないといけないことは事実だ。エヴォリューションと謳うだけあって、きっとさっきよりも強くなっているのは間違いない。それ、ヤバくね?
「マ、マホツカ……」
「……無理に決まってるでしょ。さっきのでスッカラカンよ」
ですよね……。
「どうした魔法使い、先程までの威勢は? もしかすると魔力切れか? はははっ、所詮は人間だな。指でもしゃぶって殺されるのを待っているがよい」
「むむむ……ムカツクー!」
図星をつかれたことに腹を立てるマホツカだったが、鼻をつまみながらだと全然怒っているように見えないよ。
「魔王の話が真実なら、通常の攻撃では歯が立たないぞ」
冷静な戦士が言うのは再生能力の件だ。そういう敵はよく「一撃で倒せばいい!」なんて展開がよくあるパターンだけど、いくら戦士とて一撃では無理だろう。
しかし、どんな敵にも必ず弱点はあるはずだ。よく考えろわたし。魔王は何と言っていた? 不老不死? 違う、もうちょい前だ。確かアンデッドって言ってたよね?
「僧侶ちゃん、お願い!」
「はい? あっ、なるほどですね。導け、《光の魂解術》!!」
「ははは、無駄だ無駄だ。そんな攻撃な、ど?」
魔王の腐敗体を穢れのない白光が抱擁するかのように優しく包み込む。
「がっ、はっ!? 何だこの光は? 体が……体が朽ちていく――」
ゲル状の肉体が岩のように固形と化すと、ボロボロと砂の城のように崩れていく。哀れなり魔王。不老不死なんざ、ファンタジーの世界だけの設定だよ。
「そんな……そんなパカぬあぁーーー」
僧侶は 法術を唱えた!
光の力が 死者の魂を浄化する!
魔王・エヴォリューションを 倒した!
これできれいさっぱり天へと昇っていったはずだ。異臭も消えてくれるとは、後腐れなくて実にいい終わり方。もう戻ってくるなよ~。
わたしたちの戦いは今度こそ…………。