Ⅲ.フィフティーセント・ヒーロー
「おお勇者よ、寝坊してしまうとは情けない」
緊張をほぐすためにかけてくれた言葉なのか、結局分かりかねず、わたしは赤面した。夜更かしに加えて今朝の母との一騒動。約束の時間に遅れるのも無理はなかった。
母の要望どおりわたしはお城へと赴いた。
《シンヨーク城》――特筆すべき点は何と言っても海上に屹立していることだ。埋め立て地にではなく本当に水の上に浮かんでいる。わたしは地上にある通称《表門》からお城に架かる長い橋を歩いてきたけど、船着場が城内にあるため海上からでも直接入城できるらしい。
「よもや魔王が復活するとは夢にも思わなんだ」
入城後わたしはすぐに謁見の間へと通された。我が家の居間の何倍もの広さのある部屋には、金の刺繍が入った真っ赤な絨毯が敷かれ、壁灯にはまだお昼なのに火が灯されている。そして一段高い位置に背もたれの長い椅子に座る王様と、傍らに立つ大臣様。それになぜかラッパを携えた兵士が六人ばかり起立していた。
白い顎鬚をたっぷりと蓄えた王様は、中空を見つめながら呟くように言葉を発した。その声には疲れが滲み出ている。魔王の復活を知り、心悩んでいるのだろう。
「お主の父が魔王を倒してからまだ十と四年。幼いお主の双肩に担わせるのは心苦しいが……、やってくれるな?」
王様の眼差しが床に跪くわたしへとまっすぐ向けられる。悲壮感が浮き出た顔をしていたが、その双眸は力強く輝いていた。
「……はい」
そう答えることしかできなかった。
だってそうでしょ? この重苦しい雰囲気で「だが断る!」なんて言えるわけがない。
それに王様の目は本気だった。わたしのことを心配してくれて、それでもわたしに託そうとしているのだ。その気持ちを無碍にすることはできない。
「そうか、やってくれるのか! いや~よかったよかった」
あれ、王様?
威厳に満ちた顔がいきなり破顔した。両肩から重荷が下ろされたがごとく、心底嬉しそうな表情である。着衣が布の服だったら裏のおじいちゃんと見分けがつかないだろう。
「(さすがです国王、すばらしい演技でございました)ヒソヒソ」
「(そうであろう大臣、一週間努力した甲斐があったわい)ヒソヒソ」
おーい、聞こえてる聞こえてる。全然内緒話になってないから。
てゆーか何なのこの展開!?
「あの、王様?」
「では勇者よ、旅立つお主にわしから道具を与えよう。遠慮せずに持っていくがよい」
「え、あぁ、はい……」
釈然としなかったけど、まさか王様に対して意見するわけにもいかず、ここはおとなしくアイテムを受け取ることにした。
「あ、ありがとうございます」
兵士二人が大きめの四角い箱を運んできて、わたしと王様の間に置く。
開けて中身を確認してもいいですか、という視線を送ると、王様は「うむ」と頷いた。
どこにでもありそうな木枠の箱。そこに入っていたのは――、
《五〇シンヨークセント》を 手に入れた!
《こん棒》を 手に入れた!
《こん棒》を 手に入れた!
《布の服》を 手に入れた!
「……………………」
これは……何かのドッキリだったりする?
旅の資金が五〇セントってありえないでしょ!? キュウリ一本買えるかどうかのお金で、何ヶ月かかるか分からない旅をしろとは冗談にしても笑えない。
それに《こん棒》が二本ってどゆこと? 《ヒノキの棒》よりかは頑丈そうだけど、力いっぱいモンスターを殴ったら簡単にポキっと折れそうだよ。《布の服》は……うん、布だ。
「お、王様……あ、あのですね」
もはや臆している場合ではない。いくらこの国で一番偉い人物とはいえ、これはやり過ぎだ。ここははっきりと……婉曲的表現でお茶を濁しながらそこはかとなく書き付くれば…………って何わけ分かんないこと考えているんだわたしは!
「分かっておる。分かっておるぞ、勇者よ」
勇気を振り絞ってツッコミを入れようとした矢先、王様の節くれ立った手がわたしの発言を制するようにして突き出された。
「お主の言いたいことは分かる。しかし、しかしだな……非常に言い辛いことなのだが、その、なんだ……、お主も察しがつくだろう?」
察しがつく? さっぱり見当がつかない。いわゆる『お約束』というやつだろうか?
「我が国は財政難なのだ……」
…………。
いや、そんなリアルな話を聞かされても……ねぇ?
「この城が海上に浮かんでいることは見てのとおりだ。話題性があって観光客も増えたのだが、如何せん維持費が大変でな。かといって杜撰な管理をしていては海に沈んでモスク……いやモズクになってしまう」
藻屑だよ、もくず。言い直しても間違ってるから。
「増税や国債も視野に入れておるのだが、それでは民衆が反発するかマスコミに袋叩きにされるかのどっちかじゃ。次の選挙まではこのままでいくしかないのだよ」
今にも泣き出しそうな顔で窮状を語る白髭のおじいさん。貧乏な家庭で育ったわたしには共感できる部分がないわけではない。
圧政は時として国を滅ぼしかねない。国民の反乱を招いた末、処刑された国王がシンヨークの歴史上に存在することは学校の授業で教わった。王様の不安も理解できなくは…………ん?
ちょい待って、選挙ってなに!? あなた王様なんだから選挙とか関係ないじゃん! そもそも世襲で今の地位に就いたんでしょーが!!
「では勇者よ、仲間を集めて旅立つがよい!」
うわっ、汚い!
わたしの暫しの無言を了承の意としたのか、王様は一方的に話を切り上げてしまった。もはや台詞の戻しは叶いそうにない。
とはいえ、財政難なら諦めるしかない。貧乏には慣れているので、これで我慢しよう。
でもせめて《銅の剣》くらいはほしかったな。
「勇者よ、これを」
一言しか喋っていなかった大臣様から一枚のメモ用紙を受け取る。
それはシンヨーク城近辺の簡易地図だった。とあるお店に赤で丸印が付けられている。
「《ルイージの酒場》の場所だ。そこで旅の仲間を集めるがよい。それと……」
《シンヨーク王家の証》を 手に入れた!
シンヨークの国章――羽ばたく鳥を彷彿させるデザイン――が刻まれたバッジを授かる。
「ある意味勇者の証でもある。困った時にはそれを使うがよい」
さすがは大臣様。どこかの白髭ジジイとは段違いの頼もしさ。
「それでは勇者よ、仲間を集めて旅立つのじゃ!」
王様、二度言わないでください。あと余計な事は言わずに黙っていてください。
こうしてわたしはやっすい旅の餞別と荘厳なラッパの演奏と共にお城を出た。
まずは《ルイージの酒場》とやらで仲間を集めなくては。
しかし不安がある。
「わたし未成年なんだけどな……」
それに酒場ってお昼から営業してるの?