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ガールズトークRPG  作者: 加茂正路
第三章.嵐の塔編
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ⅩⅩⅣ.僧侶ちゃんの事情

 メリガンシティでの二晩目。マホツカがアルフォンで調べてくれた宿屋は、ナントお値段たったの20セントという目の疑いたくなるほどの破格の宿泊料だった。

一生お金に困らない印税ウハウハなお金持ちの人が営んでいるのだろうか? 是非とも錬金術をご教授願いたいところである。しかし今は大人しく身体を休めよう。

 ……。

 …………。

 ………………、

 ……スライムが一匹……スライムが二匹……スライムが三匹…………。

「……眠れない」

 今日の出来事が意識せずとも(まぶた)の裏にポップアップしてくる。思い起こせば骸骨に追われるところから始まり、その次は地獄のエレベーター、んでもってフィニッシュは精霊王の二連撃によってタダの(しかばね)寸前の状態になったのだ。明日も同じ目に遭うかもしれないと思うと、今更ながら恐怖心が沸いてくる。

「……勇者さん?」

 一人悶々としていると、すぐ傍らから鈴を鳴らしたような声がした。

「僧侶ちゃん? ごめん、起こしちゃった?」

「いえ、私も眠れなくて……」

 ベッドが二つの部屋しかない宿屋で、昨日は戦士と、そして今日は僧侶ちゃんと一緒になった。こんなチャンスも中々ないのでいろいろと妄想に(ふけ)っていたんだけど、実際行動には移しませんよ。わたしは理性のタガが緩んだ類人猿ではない。

 窓から射す青い月の光が絹糸のように繊細な金色の髪を光らせる。普段はゆとりのある法衣のせいで気付かなかったけど、薄い寝巻姿の僧侶ちゃんの肢体は細いながらもわたしより引き締まっていた。う~ん、これはこれで、イイ!

「やっぱり明日のことが気になる? 無理もないよね、今日負けたのに明日だもんね」

 話し合いの結果、明日さっそく精霊王と再戦しに行くことになった。ちょっと早くない? と思うけど、残念ながら何日もこの街に滞在できるだけの資金はない。宿屋は激安だが食事代があるのだ。旅先の食べ物は美味しい物ばかりで非常に困る。このままでは誘惑に負け続けて素寒貧(すかんぴん)になってしまうので、一区切りついたら王様に旅費をせびりに行かないといけないな。シンヨークの財政難など知ったことか、こちとら世界の命運がかかっているのだ。

 ちなみに所持金リミットブレイクの僧侶ちゃんには助けを求めていない。金銭の貸し借りを仲間内で絶対にやりたくないし、あと怖くてどのくらい持っているか聞けないからね。

「いえ、明日のことではないです。気になるのは家の方なんですよ。こんなに長い間外出したのは初めてなので」

 家? それはもしや……、

「ホームシックってやつ?」

「い、いえ! 違います。決してそういうわけでは――」

 恥ずかしながら慌てて否定する僧侶ちゃん。どんな表情でも見ていて飽きないな~。かー、たまんねー!

「一応書置きは残しておいたんですけど、大事になってないか少し不安でして」

「そう言えば僧侶ちゃんって、名の知れた家の子なんだよね?」

 確か《セルゴード家》だっけ? 出会った時は戦士にまかせてわたしはポカーンとしていただけだったけど、何か強面(こわもて)の人たちに詰問されたのを覚えている。行方不明が続けば世界中に捜索願が出されそうな迫力だったもんね。

「ええ、まあ……」

 むむ、微妙な相槌だ。ここはあまり深く掘り下げない方が良さそうだな。

「気になるのは仕方ないけど、今日は早く寝よ。明日も忙しいことだし」

 戦闘中に欠伸なんかしていたら塔の屋上からノーロープバンジーさせられるかもしれない。それに夜更かしはお肌の敵!

「…………勇者さんは優しいですね」

「へっ?」

 ブランケットをどけてゆっくりと上半身を起こす僧侶ちゃん。わたしが優しいとな?

「ど、どうして?」

 わたしも僧侶ちゃんと目線を合わせた。

「気になりませんか? 私がどうして旅に同行しようとしたのかを」

「う~ん、それは……」

 気になると言えば当然気になる。僧侶ちゃんのことなら何でも知っておきたい。

「でも人の心に土足で上がるのもどうかな、っと」

「ふふ、そういうところが勇者さんのいいところですよね」

「そう? 逆に無関心とも受け取られかねないと思うけど……」

 人間関係の距離感は難しいよね。小さい頃から付き合いのある友達だって遠慮や気遣いが生じるし。違う学校に行っちゃったら何か話し辛くなるし。

「では聞いてもらえますか? 私が勇者さんにお供しようとした理由を」

 まじでか! わくてかわくてか!

「そ、僧侶ちゃんが話してくれるなら、こ、断る理由はないひょ」

 ぬはっ! あまりの嬉しさに声が裏返ってしまった! 何たる不覚。

 そんな事など気にせず、僧侶ちゃんは視線を窓の外へと向けると、滔々(とうとう)と語り始めた。

「勇者さんや戦士さんもご存知のとおり、私は教会の一派である《セルゴード》の家系の下に生を授かり、何不自由のない環境で育ってきました……」

 ふむふむ。

「セルゴードの起源は今から三百年ほど前の教会の教派分裂にあります。当時五派に分かれた内の一つのセルゴードは、最も教徒が少なかったのですが、法術に力を入れることによって今日まで滅びずに教えを守って来られました……」

 その辺は歴史の授業で習ったことがあるな。

「セルゴードが他の教派と異なる特徴は、教皇が女性であり世襲されることです。つまりはセルゴード家の長女が継ぐことになっているんですよ」

 へー、そこまでは知らなかった。

「私は三女なので比較的自由奔放にされてきたのですが、それでも《セルゴード》の名を背負う者の中の話です」

 わたしも勇者の血を引く者なんだけど、金銭的な縛り以外はまったくなかったな。

「それでですね。実は婚約者(フィアンセ)がいまして。十八になったらシンヨークを離れて結婚する予定なんですよ」

 あー、ありがちな設定だね。お金持ちのご令嬢に王族貴族の婚約者…………!!

「こ、婚約者!?」

 こくっと、顔を赤らめて頷く僧侶ちゃんは悩殺されるぐらいかわいい! のだが――、

 わたしの僧侶ちゃんに婚約者がいるだと!? 許せん! わたしの許可を取っているのか!

「時間はまだあるんですけど、それでも屋敷と学校を往復するだけの毎日。だからどうしても旅に出たいなって思っていたんです」

「結婚が嫌だとか?」

 親が勝手に決めた婚約相手が嫌で家出する娘さん。そうだ! 僧侶ちゃんはわたしを裏切らないはずだ!

「いいえ、そうではないんです。相手は昔から付き合いのある方でして。えっと、その、すごく優しくて素敵な人なんです」

 オー……ノー……。そ、僧侶ちゃんが完全に乙女モードになっている。

「私は自分の人生を受け入れています。こういう家庭に生まれた以上は、縛られた人生に逆らえないと」

 わたしより年下なのに人生を受け入れてますとか、僧侶ちゃんは大人すぐる。爪の垢を煎じてマホツカに飲ませてやりたい。

「? だったらどうして旅に出たいなんて?」

「受け入れているがこそ、その前に一度でいいから自由なことを、私が大好きだった大おばあ様が語ってくれた冒険と浪漫に満ち溢れた旅がしたかったんです」

 浪漫、か。どうしてわたしの周りには浪漫を語る女性が多いんだろう。

「だからって、何も魔王討伐の旅じゃなくていいんじゃない? 危険だし、いつ終わるか分からないし……」

 僧侶ちゃんにもしものことがあったら、打ち首獄門の刑に処されるかもしれない。まあ、その前にショック死するかもしれないけどね。

「ふふ、でも勇者さんは私を置いてけぼりにはしないんですよね?」

 どこか子供の悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべる僧侶ちゃんに、わたしは苦笑するしかできなかった。

「うん、まあ」

 だって僧侶ちゃんを置いていくなんてできるわけないじゃん! 一日十回はその顔を拝まなければ『僧侶ちゃん成分』が不足して発狂するかもしれない。

 それに僧侶ちゃんに限ったことではない。戦士だってマホツカだって、ほんの数日行動を共にしただけだけど、もうわたしたちは立派な仲間なんだから。運命共同体ってやつですよ。

「ありがとうございます。勇者さんが勇者さんでよかったです」

 ぬぐごはっ!! 何と言う破壊力のある言葉。

「何だか照れるな……」

 でも勇者としては些か頼りない気がするんだけどね。

「話したいことは以上です。聞いてくれてありがとうございます」

「ううん、いつでもいいよ。僧侶ちゃんのこともっと知りたいし」

「ではまた今度。それではお休みなさい、勇者さん」

「うん、お休み」

 再び部屋に静寂が訪れる。今日は雨が降っていないので、耳に届くのは虫の音と、わたし自身の鼓動音だけ。

(人生か……)

 わたしは世界に一人しかいない勇者だ。使命感とかはないんだけど、わたしがやらなくてはならないのは理解している。

 不思議と嫌ではない。けれど今日みたいに生死がかかった戦いが今後も続くとなると、身体が氷に閉ざされたように硬く、冷たくなる。

精霊王はその辺手加減してくれたみたいだけど、もし凶暴なモンスターや魔王の手先が敵だとしたらどうなっていたのだろうか。

(わたしも強くならないとな……)

 眠れない夜ほど思い悩む刻もない。考えたところで正解など存在しないことばかり浮かんではわだかまりを心に残して消えていく。

 心も体も眠りを求めているはずなのに、どうして自分の意思で眠ることができないのだろうかな、人は。

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