ⅩⅩⅢ.敗北の末
「うわー、具がたくさん入ってておいしそー」
「「「………………」」」
「それじゃあ、いっただきまーす!」
「「「………………」」」
「はふはふっ、あちちちちっ」
「「「………………」」」
「あれ? みんなは食べないの? 言っとくけど、お鍋の具は早い者勝ちだからね」
座敷にてグツグツと煮える鍋を囲んだわたしたちは、メリガン駅近くの鍋料理専門店で夕食の団欒を過ごしていた。嵐の塔での敗北の余韻を引きずるみんなに元気になってもらおうと思い、鍋をチョイスしたんだけど、なぜか箸に手をつけない。
「もしかしてお箸使えなかったとか?」
幼い頃からありとあらゆる食べ物を食べられるよう教育されてきたわたしは古今東西あらゆる食器に精通している。それにテーブルマナーやワインテイスティングだって完璧ですよ。披露する機会はないかもだけど。
「……箸なら使えるわよ。そうじゃなくって、アンタよくこんな空気の中でガツガツ食べられるわね……」
頬杖を突きながらジト目を向けるマホツカ。帰りの船での酔いは治っているはずなのに、獲物を前にして未だ手を出さない。
確かに食道を細める変な空気が漂っているけれど、幼少の頃からいかなる過酷な環境でも口に物を詰め込めるよう訓練されてきたわたしには関係のないことだ。砂漠だろうが極点だろうが大抵喉を通せる。試したくはないけど。
「腹が減っては戦ができぬ、というが、私も今はそんな気分ではないな……」
腕を組んで静かに座している戦士は何かに悩んでいる顔だった。魚介類のいい匂いを前に何をまず取ろうか迷っている……わけではなさそうだ。
お腹が空いている時に他の事に現を抜かすとは、戦士もまだまだだね。幼弱な頃から――(全略)――食べられる。実演したくはないけど。
「私もまったくお役に立てませんでしたし……」
シュンとする僧侶ちゃんもかっわいいなー。ヨシヨシしたくなる。
僧侶ちゃんはそこにいてくれるだけでいいんだヨ! それが最大の癒しと活力を生み出してくれるんだヨ! あ、お魚もらうヨッ!
得も言われぬドヨーンとした空気が個室に充満していた。しかし、わたしは気にせず一人鍋に挑み続ける。
「そんなに気にすることな……あつつつ、いと思うよ? だって相手は精霊のお……骨があった、うなんだし。一回くらい負けただけで――魚うめ! 落ち込むこと、白身プリプリしてますな~! あれ? 何だっけ?」
いいコストはしたけれど、その分パフォーマンスは最高だ。海鮮類のダシが出たお汁も美味すぎる!
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅ……、だあー! 割り勘なんだから勇者ばかり食うなー!!」
マホツカが握るように箸を持つと豪快に鍋の中に攻め込んだ。ふっ、そんな乱暴な戦法でやわらない豆腐を掴めるかな?
「……そうだな、勇者にだけ美味しいところを持っていかせるわけにはいかないからな」
その台詞はもっと違うシチュエーションで言ってほしかった。この場ではあまり映えない。
戦士は正しい箸の持ち方でウドンをごそっと自陣へと持っていく。くっ、やるなこいつ!
「そうですよね。熱い内に手をつけないなんて食べ物やお店の人に失礼ですよね。それでは頂きます…………あっ、え? このっ! ううぅ……」
僧侶ちゃんはどうやら箸をあまり使ったことがないようだ。つるっつるのツミレ相手に格闘している。確実に戦果を上げていく戦士を見様見真似しようとするが、一朝一夕では難しいだろう。そんなあくせくする僧侶ちゃんも絵になるな~。
バランスよく具を獲る戦士、諦めてお玉ですくう僧侶ちゃん、略奪のごとき迫力のマホツカ。結局みんなお腹空いてたんじゃん。これで少しは元気になってくれるかな。
おっと、わたしもまだまだ食べ足らんぞ!
「これからどうしましょうか? 再度戦いを挑むにしても、今の私たちでは勝てる見込みはありませんね」
残すは〆の雑炊だけになったところで、今後の方針を話し合うことにした。
「そうだな、やはり強くならなければな……」
だね。現状では手も足も出ないよ。風の精霊と比べるとえっらい戦闘力の開きがある。
「ここらで強いモンスターと言えば、少し南下した《アウトディアナ》がいいか……」
「ダメ! ゼッタイ!!」
戦士の提案に対してマホツカが全力の拒否体勢。胸の前で大きなバッテンマークを作りながら反論してきた。その口には爪楊枝。
「何が駄目なんだ、マホツカ」
「今より強くなるなんて、それじゃあアイツに完璧に敗北を認めたことになるじゃない!」
「……いや、だって負けたじゃん」
突然何を言い出すんだ。負けた事に完璧も腹八分目もあるのだろうか。
「そうですよマホツカさん。ここは素直に負けを認めるべきです」
「ふんっ、あれは油断と情報不足が招いたタダの黒歴史よ。万全の準備と綿密な作戦立てをしておけば絶対に勝てたわ!」
う、う~む。そうか?
「言い訳がましいぞマホツカ。おまえだってあの強さを痛感しただろ? それに今回だけではない。精霊王はまだ他にもいるんだ。今後を考える意味でも鍛えるに越したことはな――」
ダンッ! ときれいに汁だけ残った鍋が引っくり返りそうになる衝撃。マホツカがテーブルを足で踏んだのだ。まだ〆があるのに、危ない危ない。
「甘い! 甘すぎるは戦士! そんなんだからアンタは弱いのよ!」
「何! 聞き捨てならんな、その言葉」
あーあ、また始まったよ二人の言い争い。仲が良いんだか悪いんだか。
僧侶ちゃんはといえば、ズレた鍋を卓上コンロに対して水平になるよう位置を調整している。マホツカの対応に慣れてきた証左だ。話半分に聞くのがベターなんだよね。戦士はこういう時だけ人の話をちゃんと聴こうとするから。律儀なのか不器用なのか。まあ、後者だね。
「私は確かに未熟だ。だからこそ強くなろうとしているんだ。どこに問題がある!」
「そんな単純な脳筋思考だから、アンタは真の強さに気付かないのよ!」
なんだ、真の強さって?
「聞くけど、アンタは今日の戦いで本気を出したの? 悔いが一片も残らないまで力を使い果たしたの? 相手が精霊王だからって、どうせ殺されることないって、どこか力をセーブしてたんじゃないの。
今持っている力を全て出し切って勝つ! それが本当の強さってやつでしょ! 負けたらすぐに諦める? 弱いから鍛錬すればいい? そうじゃないでしょ! 極限まで力を発揮してこそ自らの限界を超えられるんでしょーが! 少しは死ぬ気で戦ってみなさい!」
一気に捲くし立てるマホツカ。良いこと言っているような気がするんだけど、戦士の反応はいかに……、
「そう……なのか……?」
どうやら心の琴線を揺らされてしまったらしい。
「……確かに、私は一にも二にも鍛錬すれば良いと思って修行に励んできた。壁にぶち当たっても、誰かに敗北を喫した時も、すぐに自分が弱いだけと思うだけで、そこで考えるのを止めてしまっていた。精霊王との一戦もまだ立ち上がれたかもしれない。それが無理だったのは心のどこかに次があるじゃないかと甘えた考えを持っていたからなのだな……」
戦士も意外(でもないか)純だよね。マホツカの言うことは間違っていないけど、戦士のやり方も堅実な方法には違いない。将来怪しい勧誘に騙されないか心配だ。
「自分の実力を出し切る、か……。そうだな、マホツカの言うとおりだ。私は強くなればいいということに固執して本当は逃げてばかりいたのだな」
「ふむ、分かればよろしいっ」
戦士が感化されたところで、店員さんが〆の白米と卵を持ってきた。
「で、何か策はあるの?」
ズズズッと食後のお茶を飲むわたしたち。茶柱が立ってる♪ ってそうじゃない!
「ん? 何が?」
「あれだけ言いたいこと言ったんだから、すごい作戦とか考えているのかなって」
限界突破しようが巧みな戦術を練ろうが、レベル差がありすぎては焼け石に冷奴だ。決定的な勝てる要素がなければ再戦は御免である。
「ふっふっふ、ワタシを誰だと思っているのよ!」
酔いどれ魔法使い。
「ワタシも二度も同じヤローに負けるなんて屈辱を味わいたくないわ。だから今回は特別にプライドを少しだけ削ってあげる」
マホツカは熱いお茶をゴゴゴと一気に飲み干すと、こう付け加えた。
「だからアンタたちも何か手があるなら出し惜しみしないでよね。いい?」
出し惜しみも何も、わたしには魔法も法術も必殺技もない。ない以上は出せるわけがない。
「戦士は何かある?」
湯飲みをくるくると回す変な飲み方をしている戦士。それ絶対間違っているよ。
「ないことはないんだが、あの素早さの前ではどれも失敗に終わりそうだ」
う~ん、そうだね。残像を生み出すほどの速さなんだから、攻撃を当てるだけでも一苦労だ。
「そのことなら心配しなくていいわ。ワタシが何とかするから」
どうやらマホツカには策があるみたいだ。
「僧侶ちゃんはどう?」
猫舌なのか、湯飲みをフーフーしながら冷ましている僧侶ちゃん。も、萌え死ぬーーー!
「私は回復専門ですが……、でも一つだけ使えそうな法術があります」
むむむ、僧侶ちゃんもやるな。
わたしも勇者なんだから、レベルが上がれば魔法とか使えるようになるのかな?
職業 勇者
レベル (やっとこさ)10
『勇者は精霊の力を操る者』か。
それは精霊王から授かる力を示しているのだろうか。はたまた…………。