ⅩⅨ.嵐の塔の手荒い歓迎
ガシャン……ガシャン……ガシャン……ガシャン――……。
「「「?」」」
その異音が耳に届いてきたのは塔に向かって低い草の生える道のりを歩き出してすぐのことだった。金属同士が激しくぶつかり合うような高い音が島に木霊する。悪い予感しかしないのは気のせいだろうか。その音が徐々に大きく――接近してくるようだった。
目指す塔は上陸地点より標高が高い位置にある。ひと山ほどの高さではないけど、何かが転がる可能性はあるにはある。しかし、わたしたちがいる場所はまだ平地が続いているので、ここまでその何かが襲ってくることはないだろう……、
「ゆ、勇者さん! 何かが来ます!」
薄っすらと霞がかかる前方から音の発生源である丸い物体が見えた。まるで意思を持ったかのような動きで確実にこちらに向かって転がってくる。
「モンスターか!!」
戦士が剣を抜きながら迎え撃つように前に出る。遅れてわたしも戦士の横に並ぶと、安物のブロンズナイフを腰から引き抜く。あー、わたしも剣がほしい。
「何だ、あれは?」
銀色の光沢を放つそれは速度を落とすことなく突撃してくる。思わずわたしと戦士は左右に回避した。
骸骨騎士が 現れた!
骸骨騎士は いきなり襲い掛かってきた!
勇者と戦士は 攻撃を回避した!!
正面からの先制攻撃とは、モンスターにしてはやるではないか――、
「ってガイコツ!?」
実在するんだアンデッドモンスターって……。
骸骨モンスターはUターンすると転がるのを止めてその肢体を広げた。そして手にした剣を乱暴に振り回す。
骸骨騎士の 攻撃!
戦士は 剣で攻撃を防いだ!
半円を描くように湾曲した刀身を持つ剣を戦士は鋼鉄の剣の腹で受け止めた。が、力負けしているのか、ジリジリと押し込まれる。筋肉がないくせになんて力だ。
《骸骨騎士》――見た目そのままのアンデッド系モンスター。二メートルを超える体躯にはその名のとおり骨しかなく、窪む眼窩には水晶体の代わりに炎のように揺らめく緑色の光が灯っていた。
アンデッドなんて初めて見たけど、不気味だな……。理科室の人体模型を思い出す。
「くっ! こいつ……」
精霊の洞窟では圧倒的なレベル差でモンスターを屠っていた戦士の額に汗が浮かぶ。
しかし、今がチャンスだ!
戦士に気を取られている隙を突いてわたしは背後から攻撃を仕掛ける。お背中がお留守ですよ!
「せやっ!!」
勇者の 攻撃!
骸骨騎士に 1のダメージ!
ブロンズナイフは 金属疲労で折れた!!
は?
「ええぇー!? ちょっ、まっ!?」
青銅のナイフの刃が真ん中から無残にポキっと折れてしまった。金属疲労っていうほど使ってないのに。やはり安物は安物、所詮は値段分の働きしかしてくれないのか!
「くっ、そ、これならどうだ!!」
わたしの攻撃など蚊に刺されたぐらいにしか感じていない骸骨騎士の腹に、戦士は靴底を叩きつけた。
「はあああっ!!」
打撃系には弱いのだろうか、骸骨騎士は後ろに仰け反り大きな隙が生じる。そこに間を置かず戦士が鋼の斬撃を打ち込んだ。
戦士の 攻撃!
骸骨騎士に 23のダメージ!
な、なんですとー!? 戦士の攻撃で二桁?
「くそっ、何て硬さだ」
今の一撃で腕が痺れたのか、剣を握る手が緩くなっている。
守備力が高ければ体力は低い――何てことはなかったみたいで、骸骨騎士は表情を変えずに(変えようがないけど)、団子虫のように体を丸めると再び転がり始めた。
「やっかいな敵だな」
力、防御、素早さと、近接タイプに必要な能力値が全て高い。おまけにこの回転移動は迂闊に近づけないし、一体ながらも防戦気味になってしまう。
ぐるぐるとわたしたちの周囲を回る敵。自然とわたしと戦士は背中合わせになる。何かかっこいいなこの展開! けどただの雑魚敵なんだよね……。
それにしても物理攻撃があまり効かない敵か。ならマホツカの魔法で――、
「彷徨える死者の魂を天へと導きたまえ! 《光の魂解術》!!」
!!
方向転換してわたしと戦士に突進を仕掛ける骸骨騎士に、白い光が天から降り注ぐ。
「僧侶ちゃん!?」
骸骨騎士は苦悶するようにその場に倒れこむと、光と共に霧散していった。
「今のはいったい……」
わたしは首に掛けたネックレスのロザリオを握る僧侶ちゃんを見る。にこりと微笑む少女は地獄と化した地上に舞い降りた最後の聖天使のようだった。
「光属性の法術です。アンデッド系モンスターなら例外なく一撃で成仏させられますよ」
かわいい顔してすごいこと言うな……。でもおかげで助かった。
「しかし、この手のモンスターがたくさんいるとなるとやっかいだな。勇者の剣も折れてしまったことだし」
「うぅ、確かに……」
まだ購入してから二日しか経っていないブロンズナイフ。愛着が沸くまでには至ってないけれど、それでも最初に買った武器だ。もうちょっとがんばってほしかった。
「ん?」
どうするか迷っていた時、骸骨騎士が消えていった場所にそれは突き刺さっていた。
《ショーテル》を 手に入れた!
「この武器はモンスターとは別ってことなんだね」
「扱えそうか?」
手に取って数度素振りしてみる。独特な形状だったけど「ピキーン!」と頭の中で何かが閃いて攻撃方法が身体に浸透していくように身に付く。これも勇者の力なのだろうか?
とはいえ、鞘がないのが若干不便だな。けど他に武器もないし、街に戻るまではこれで我慢しよう。しっかし装備品を現地調達で賄うとは、厳しいな現実は。
「何にせよ、これでしばらくは大丈夫なはず」
「ここは慎重に進むしかないか。あれを複数体同時に相手するのは難しい」
「そうだね、僧侶ちゃんの法力も限度があるし」
「いざとなればマホツカの魔法もあることだしな」
「そっか、確かにそうだね――」
ガシャン……ガシャン……ガガシャン、シャン、ガシャンシャン、ガシャッガッシャン、ガシャン、シャンシャン、ガガシャンガガンガシャンガシャンッ――、
「「「!?」」」
骨が奏でる不協和音が決して広くはない孤島に響き渡る。
骸骨騎士たちが 現れた!
「どうしてこうたくさん一度に出現するんだ!」
珍しく戦闘に関して戦士が悪態をつく。まあ、気持ちは分からなくもない。精霊の洞窟もそうだったからね。
敵は五体。瞬く間に囲まれてしまい、さっきと同じようにわたしたちの周囲を連携の取れた動きでぐるぐると回り始める。逃げ出す隙間もなく、徐々に円の半径を縮められる。そのうち目を回すなんてことは……期待できないよね?
「でも大丈夫、こういう時こそマホツカの魔法だよ。お願い、マホツカ!」
「………………」
斜め下方向に顔を傾けてボーっと突っ立っているマホツカ。顔が少し青白いのは気のせいだろうか。帽子の影でよく分からない。
「おーい、マホツカ~」
「…………えっ? ああ、ワタシ、ワタシの出番かしら?」
どこか具合が悪いのだろうか。しかし生死が懸かった状況だ。少しぐらい調子が悪くてもマホツカに手伝ってもらわないと。
「あいつらを倒す魔法ある?」
「ああ、骸骨ね……、だったらこれでいくわよ!」
マホツカはなぜか戦士の方に体を向けて魔法詠唱の言葉を紡ぎ始めた。
「炎神の腕よ、矮小な人の身に力をもたらせ……、宿れ! 《イフリート・インストール》!!」
まともな詠唱文言を言い終えると、いきなり朱色の火柱が戦士を呑み込んだ。
「えっ! 戦士!?」
「心配しなくても大丈夫。これは炎属性の補助魔法よ。これで骸骨なんて楽々火葬できるわ」
なるほど、そんな魔法も使えるんだ。マホツカの性格からしてオリジナルの魔法とやらは全部直接攻撃系だけかと思っていた。
でもすぐ傍らで燃え盛る火柱から凶暴な熱を感じるのは錯覚か何かだろうか。滅茶苦茶熱いんですけど、これ。
短い時間が過ぎ、戦士を包んでいた炎が消える。どうやら準備完了のようだ。
「戦士、それじゃ頼んだ……よ?」
上手に焼けなかったお肉のような焦げ臭が鼻を突く。精霊の洞窟で入手した薬草みたいにこんがりと焼けて真っ黒となった戦士が出てきた。これも魔法の効果なのかな? あ、戦士が倒れた。
「ちょっと、どうなってんのマホツカ!?」
「ええ? あれ? ああ、魔法を間違えたわ……――!?」
ふらふらとその場に力なく崩れ落ちるマホツカ。だ、大丈夫!?
「うえッ、気持ち悪い…………」
…………。
「えーーーっと、もしかして船酔いしたとか?」
「………………(こくっ)」
顔を真っ青にして口を手で塞ぐ姿は、つい一昨日も見た覚えがある。
「なーんだ、ただの乗り物酔いか。何か病気にでも罹ったかと思っちゃったよ……、って、それどころじゃない!」
「マーホーツーカー……」
「ひいっ!?」
ゾンビのようにゆらゆらと立ち上がりマホツカを睨みつける焦戦士。真っ黒な顔に目だけがギロリと光る形相は、骸骨モンスターより余程怖い。
「貴様っ、船酔いするなら事前に伝えておけ!」
「だって、ワタシの弱点を知られたくなかったから……」
列車は何時間乗り続けていても大丈夫だったのに、船――しかもボートが駄目だなんて、意外だな。
「あ、あの皆さん。お取り込み中申し訳ないんですけど……」
はっ! そうだ。今は戦闘中――、
ヒュン! と空気を裂くような音!!
「ほわっ!」
骸骨騎士の鋭い一振りが強襲してきた。身をよじって紙一重のところでかわす。いつの間にか(でもないか)敵の一体が目の前まで近づいていた。まじ危ねー。
ど、どうするわたしたち!? 戦士は丸焦げ、回復役の僧侶ちゃんにはあまり攻撃で消耗させたくない、マホツカはほぼ戦闘不能状態。そうとなれば――、
「みんな! あの塔に向かって全力でダッシュ!! (青春指数ゼロ)」
三十六計逃げるに如かず、だ!
逃げ遅れそうなマホツカをわたしと戦士で担いで逃走する。
回転行動を止めていた骸骨たちの間をすり抜け、一目散に尖塔を目指す。一か八かの作戦だったけど、上り坂のおかげで何とか骸骨の群れを振り切れそうであった。
ヒュッ! と風を切るような音!!
「ぬおっ!」
少し油断したところに、先端に青白い炎を纏った矢が飛んで来た。無条件反射で首を傾け寸でのところで避ける。まじ危ねー。
骸骨弓士の 遠距離攻撃!
勇者は 攻撃を回避しやがった!
おしい!
坂の頂上、お城の門を彷彿とさせる、半分以上は崩落した高台から骸骨騎士と同じ姿のモンスターが二体、わたしたちに手にした弓で狙いを定めていた。ってか「おしい」って何だよ!
こちらに遠距離攻撃手段は今無いに等しい。後ろから騎士たちが追いかけて来ているはずなのでわざわざ高台に上って戦っている暇はない。当然無視だ。
「くそっ! まさかモンスター相手に背中を見せての逃走とは。この屈辱は必ず晴らす! その顔絶対に忘れないぞ!」
モンスターたちに矢よりも鋭い視線を射る戦士。いや、みんな顔同じだから。
高台を通り過ぎ、瓦礫が散乱した敷地を進むとすぐに塔の入り口が見えた。
「やった、もう少し――」
ズドンッ!! とすぐ背後から何かが地面を穿つ音がした。しかし振り返る余裕もないので聞かなかったことにした。そう言えば高台を見上げた時、空にエイみたいな物体が飛んでいたような気がするけど……こっちは見なかったことにしよう。
鍵も掛かっていなければ施錠的な魔法も施されていなかった門扉は押すだけで開いてくれた。
ドドドっと雪崩れ込むように中へと入ると、すぐに扉を閉める。
「はあ、はあ……、さ、さすがにここまで追ってこないでしょ」
「そ、そうですね。モンスターさんたちにも、テリトリーがあるはずですから」
「悔しいがやはり認めなければならない。自分の非力さに……」
扉の内側を思いっきり叩く戦士。唇を噛み締める姿は相当に悔しそうだった。
でもそれも命あっての物種だ。まずは助かったことに安堵しよう。
けど、命がいくつあっても足りないな、本当に。