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ガールズトークRPG  作者: 加茂正路
第二章.精霊の洞窟編
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ⅩⅦ.戦士の事情

 どんな悪事を――もとい、偉業を成し遂げたらこんな豪奢(ごうしゃ)なホテルの一室にロハで泊まることができるのだろうか。

 シンアーク駅前に一際目立つ巨大な建造物、三十階建ての高級ホテルの最上階にわたしたちは居た。なぜだ?

 理由は分かっている。宿屋がどこも満室だからホテルに宿泊しようと提案した僧侶ちゃんに連れて来られたのがここだった。

 生憎このホテルもほぼ満室状態だったんだけど、一番高くて高いフロアにあるロイヤルスイートルームだけは空室だというではありませんか。そして、それを平然と「いいですよ」と受付の人に告げる僧侶ちゃん。顔パスで支払いをタダにできるその後ろ姿は、はたして翼の生えた天使なのか、はたまた……。

 ホテルの支配人直々に部屋へと案内されたあと、酔いつぶれたマホツカをベッドに放り投げてひと風呂浴びることにした。並みの大衆浴場よりも広いスイートルーム専用のバスルームで心身ともにリフレッシュすることができ、おかげで頭痛と落ちるような眠気を一蹴できた。

「勇者も眠れないのか?」

 窓辺のソファーに座っていると、黒のショートにホテルの寝巻姿の女性がコップ片手に現れた。……だれ?

「あの、部屋をお間違いではないでしょうか……」

「…………私だ、戦士だ」

 ええ!? 戦士?

「そう言われてみると、髪が短い以外は戦士だね」

 しかし、いつの間に髪を切ったのだろう。まさかそっくりな双子の片割れとか?

「驚かせてすまない。実は普段はウィッグを付けていてな」

 照れくさそうな仕草で(つや)のある髪を触る戦士。

「ウィッグ? どうしてわざわざそんなことを……」

 髪は女の命だけど、長い髪は戦闘では邪魔になる。戦士の性格からして、せめて髪を結わうぐらいはしてもおかしくないと思っていたんだけど、どうしてだろ?

「まあ、たいした意味はないんだ。ほんの気まぐれさ」

 そうはぐらかして戦士は窓の外に目を向けた。

 最上階の部屋からはシンアークのみならずシンヨークの街までもが一望できる。城門通りに等間隔に並べられたガス灯と、その終着点にある海に浮かぶお城の明かりが作り出す夜景が何とも幻想的だった。

「なあ、勇者」

 百万ドルの夜景(死語か?)が楽しめる特等席のソファーに腰掛けながら、戦士はわたしに、そして半分誰に言うのでもないような調子で会話を切り出した。

 部屋は静寂に包まれている。お風呂を頂いたあと疲れのせいか僧侶ちゃんはすぐに眠ってしまい(寝顔もかわいい!)、マホツカはずっと爆睡状態。わたしも疲労が溜まっているはずなんだけど、どうにも眠れない。ふかふかのベッドから漂う高級感への拒絶反応か、それとも精霊と戦った昂揚感(こうようかん)がまだ残っているせいか。

「何?」

「その……、どうして勇者になることを決意したんだ?」

「えっ……と……」

 いきなりそんなこと訊ねられても困る。成り行きでそうなったとしか答えようがないし。

「突然どうしたの?」

「そんな深い意味はないんだ。ただ何となく、な……」

 コップの中の水と一緒に言葉を飲み込む戦士。その顔には迷いが見て取れる。

「戦士はさ、どうして旅に同行しようと思ったの?」

 わたしはこれでも聞き上手な方なのだ。こういう雰囲気の人は大抵話したいことがあるけどなかなか言い出せないんだよね、たぶん。

「私……か」

 今朝公園で会った時には事情は深く追求しないでくれと言われたので訊かなかったけど、今なら教えてくれそうな気がする。いや、話してくれそう、かな。

「私は……」

 今度は迷いを捨てる勢いで、コップの中身を飲み干した。

「私は、ただ認められたいだけなんだ」

「認められたい?」

「ああ、そうだ。認められたいだけなんだ」

 それは誰にだろう?

「知っているか? 《シンヨーク王国騎士団》には女性の騎士はいないんだ」

 聞いたことがあるかも。

「別に女性が入団してはいけないという明文化された決まりはない。だが男に比べれば女の方が身体能力ではどうしても劣るからな、試験を受けても通らないと認知されているのだろう。

 だけど私には自信があった。幼い頃から剣の腕を磨いてきたからな。だから去年、入団試験を受けたんだ」

 それはすごい。仮に合格したとしても男性ばっかりの職場で働く度胸はわたしにはない。それほどまでに戦士は王国の騎士になりたいのだろう。

「それで……結果は?」

「見てのとおり、落ちたさ」

 そうだろう、な。でなければ仕事をほったらかしにして魔王討伐の旅に同行するなんてないはずだ。

「五十人に及ぶ受験者の中で唯一の女、しかも未成年。嫌でも目立つし、おかげで試験中に嫌がらせもあった。けど私はそれに耐えて最終試験まで生き残った。地獄の拷問より過酷と思えた試験内容だったからな、その時には四人しか残っていなかった。途中で脱落していく者の私を見る目は一生忘れられないだろう」

「よ、四人!?」

 五十人受けてたったの四人? 騎士団の入団試験ってそんなに厳しかったんだ……。てっきりコネとかで入れるものだと思っていました。御免なさい騎士さんたち。

「最後まで残ったからには絶対に受かってやると意気込んでいたんだが、結果は不合格。情けないな、私は」

「最後の試験内容って……」

「最終試験は現役の騎士との一対一の真剣勝負。勝敗が合否の判断基準の全てではないが、勝利を収めれば合格はほぼ決定したものらしい。逆に負ければ落とされたとしても一切の文句は通じない」

 口ぶりからして戦士は負けたのだろう。相手は現役の騎士だからね。それでもレベル30の戦士を負かすなんて、騎士の人たちってけっこう強いんだね。わたしなんかより魔王討伐に適任だと思うんだけど、気のせいですかね。

「私の相手は、私の兄だった」

「お兄さん?」

 兄弟がいたとは、そして現役の騎士だなんて。やっぱそういう家系なのだろう。

「兄は『努力する天才』と、まさに文字どおりの人でな。私など足元にも及ばないぐらい強い。騎士団の次期団長と期待されている人なんだ」

「それはまた相手が悪かったね……?」

 何だか黒い予感が頭をよぎる。

「もしかして……」

「推論だがな。兄が試験相手になったのは、私を試験で落とすためだったのだろう。私に有無を言わさず騎士の道を諦めさせるためのな」

「どうしてそんなことを?」

「結局は女性団員を入れたくなかったのだろう。現に私が入団試験を受けると言ったら周りから猛反対されてな。だが受験資格を満たしていたから強引に受けたんだ。反対していた人たちもまさか女の私が最後まで残れるなどと夢にも思っていなかったのだろう。最初は余裕の顔でいたが、試験が進むにつれて慌て始めてな。そして……」

 磐石(ばんじゃく)な措置を取ったのか。

 しかし、それは訴えてもいい話ではないだろうか。

「あくまで推論だ。それに私が負けたことに変わりはない」

「けど……」

「だから私は強くなりたいんだ。兄にも、そして誰にも負けないぐらいにな。そして女でも強くなれることを証明したいんだ。だが……洞窟でも少し話したが、ここ最近はまったく腕が上がらなくてな。日に日に兄が遠のいていくような気がして心が落ち着かないんだ。どうすればいい? どうすれば私は強くなれる? どうすれば兄に勝てる? と思い悩む毎日。そんな時に魔王討伐の旅の話を耳にしてな、同行しようと決意したんだ」

 そう、だったんだ。

「勇者には申し訳ないと思っている。そんな()(まま)な理由で未熟者な自分を旅に同行させてくれなどとは、虫の良すぎる話だな」

「そんなことないよ! わたしは……わたしが戦士に一緒に来てほしいって頼んだんだから!」

 本当は仲間ほしさとその場の流れで決めたことなんだけど、今はその選択は正しかったと実感している。戦士は決して未熟者なんかじゃない!

「そう言ってもらえると少し心が落ち着くよ。ありがとう、勇者」

「真顔で言われると恥ずかしいな……」

「明日も早いことだし、私は寝るよ。つまらない話に付き合ってもらって悪かった」

「ううん。悩み事があったらいつでも言って」

「ああ、それじゃお休み」

「お休み。わたしはもう少し起きてるから」

 戦士が眠ったあと、わたしは再び明かりの消えないシンヨークの街並みを眺めた。

 わたしが勇者になった理由……、それは父親が勇者だったから、母に勇者になれと言われたから、そして王様に旅に出ろとお願いされたから。

そこに自らの意志は介在しない。ただ促されるままに、水の流れに逆らうことのできない木の葉のようにただ流されているだけだ。

 ゆえに戦士みたいな明確な目標など存在するわけがない。こんな中途半端な気持ちでは、いつかきっと――…………。

 他の二人はどうなんだろう。僧侶ちゃんは戦士と同じく何か訳有りそうだな。マホツカは……ノリで同行しているような気もするけど、真意は分からない。

 いつか聞いてみよう、その時が来たら。

 いや、戦士みたいに彼女らから話しに来てくれるかな。

 そう願いながら、わたしは(とこ)に就いた。

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