ⅩⅢ.守護領域(ブレイクタイム)
「随分と開けた場所だな」
宝箱があった部屋から分岐点に戻り、最奥部への正しいルートを進むこと数分、ドーム状の広い部屋へと辿り着いた。
「わっ、地面がふかふかです」
「本当だ、見た目は土なのに……」
壁の光に薄緑色が少し混じった部屋は、ゴツゴツして歩き辛い通路から一転して仕立ての良い絨毯のように地面が柔らかい。東側には透明な水が張る池があり、どこか落ち着いた空気が伝わってくる。これがマイナスイオンってやつ?
とにかく、まるでここで休憩してくださいと言わんばかりの不可解な空間だった。
「聖なる力の波動を感じます。おそらくこの部屋にはモンスターは近づかないでしょう」
さすがは『僧侶』な僧侶ちゃん。わたしはなーんにも感じ取れないよ。
「それじゃ、ここで少し休もっか」
「そうだな」
「賛成です」
何だかんだで一時間以上は歩き通し戦い続きなのだ。体力もそうだけど慣れない戦闘に精神的疲労がかなり溜まっている。思わぬ油断を招かないよう、ここはしっかりと休息を取るのが堅実だ。
「そうね、もう少しでボスだからね」
そうそう、マホツカの言うとおりボスが……、ボ、ボス?
「どうして分かるんですか?」
「決まってるじゃない、こういう休憩ポイントはだいたいボスがいる部屋の前にあるのよ」
確かに地図ではここから二つ先のフロアで行き止まり――終着点になっている。精霊がいるとしたらもうこの二つのどちらかしか残っていない。
ただ問題なのが、精霊は本当にこの洞窟にいるのかどうなのか、ということである。過去洞窟を調査した人の話では普通のモンスターしか出現しなかったとのことだし、一番奥の部屋も別段変わった点はなかったらしいのだ。
「本当にいるのかな、精霊なんて……」
「ダイジョブダイジョーブ。きっと選ばれた者の前にしか姿を見せないのよ」
何その都合のいい設定は。精霊って人見知りするタイプなの? それともシャイなだけ?
「その意見には一理あるな。伝承では精霊といった高位な存在は不必要に人前には姿を現さないらしい」
そうなんだ。
「でもそれだとわたしが勇者であることを精霊が知らないと駄目なんじゃ……」
「大丈夫ですよ勇者さん。勇者さんの特別なオーラを精霊さんはきっと感じ取ってくれているはずです」
「オー……ラ?」
わたしからそんなすごいのが出ていたなんて。僧侶ちゃんがそう言うのなら大丈夫に思えてくる。うん、自信を持てわたし!
「勇者からオーラ? 貧乏臭さしか出てないわよ」
うわ~ん、僧侶ちゃ~ん。マホツカがいじめるよ~。
「……いちいち泣かないでよ、そんなことで」
「わふっ、苦しいです勇者さん」
ドサクサに紛れて僧侶ちゃんに抱きつくわたし。む~ん、何かふわふわしていて気持ちいい…………――? あれ、僧侶ちゃんの方がわたしより胸が大きいような…………。
「しかし精霊か。どのような存在なのだろうな」
「こんな辺鄙な洞窟にいるんだから、相当変わり者よね」
「私は優しい方だと思いますけど。洞窟も親切な作りですし」
精霊、か。小説とかだと人の姿をしているのも出てくるけど、多くは獣っぽいのだよね。そう考えると凶暴そうだ。出遭いがしらに噛みつかれるかもしれない。
「まっ、どんなのが出てきてもワタシの魔法で一撃で沈めてあげるわ」
そうそう、マホツカの言うとおり魔法で一撃……、は、はい?
「そこらのモンスターと一緒にするな。油断は禁物だぞ」
「……えーっと、精霊と戦うの?」
「彼らは自身より弱い存在には力を貸すことはないと言われていますから。きっと力試しのつもりで戦うことになると思います」
助けが欲しければ力を示せということですか。分かりやすくていいんだけど、対話による平和的交渉の余地はないんだ。そもそも精霊に人間語って通じるの?
「ふふん、腕が鳴るわね」
「私も自分の剣がどこまで通じるのか試したい気持ちはあるな」
二人なら精霊相手に苦戦のくの字もなさそうだけどね。
それにしても精霊と戦闘とは、存在自体半信半疑なのでまったく戦う姿を想像できない。とはいえ、ここで深く悩んでいても仕方がないか。会えば分かることだし、今は戦いに備えることが肝心だ。
「でも休憩っていってもそんなに疲れてないのよね。とっとと行かない?」
ほほ~う。疲れてないんだマホツカさん。入り口での会話は何だったのかな? ん?
「私喉が渇きました」
今気付いたけど、洞窟攻略に対して何も食料的な物を持ってきてなかったね。回復アイテムじゃお腹は満たされない。楽観的なのか危機感がないだけなのか、次回から気を付けよっと。
「あそこの池の水は飲めるんでしょうか?」
僧侶ちゃんがとことこと飲み水を求めて池へと近づく。わたしもお昼から何も口にしてなかったっけ。
波紋一つ立ってない池の水は無色透明だった。それに心なしか壁と同様に光を発しているように見える。
「一口頂きます」
僧侶ちゃんは小さな手で水をすくうと、そのまま口に持っていく。意外に大胆だね。微生物とか大丈夫なの?
「! おいしいです!! 喉が潤うと言いますか、傷が癒される感じがします。まるで法術の癒しを浴びたみたいですね」
大げさだなー僧侶ちゃんは(だが可愛いから許す)。それは単に喉がカラッカラに渇いていたからそう思えるだけで……、
「う、うまい!?」
試しに口にしてみると、本当だ! 毎朝飲んでいる井戸水より明らかに違う。味か? 香りか? 何だこれは!?
「もしや噂に聞く回復の泉というやつか」
「回復の泉?」
「その可能性はありますね。ここは聖域が張られた空間ですから、きっとその効果が水にも及んだのでしょう」
飲んだだけで傷が癒される水か……――$$(チャリンチャリン)。銭の匂いがプンプンとしますな。これは高く売れるのでは?
「勇者、何はしたないことやってんのよ」
偶々所持していた小ビンに水を入れるわたしにマホツカの痛い視線が突き刺さる。やっぱ駄目……かな?
「おそらく無理だと思いますよ。この部屋から出したら徐々に癒しの効果は薄れていき、いずれただの水に戻るはずです」
何ですとー?
「それにもし可能だとしたら、探索隊が既に一儲けしているのではないか? シンアークの街にはそのような魔法の水は売られていなかったはずだ」
ぐぐぐ……戦士の言うとおりか。
さよなら、水。