ⅩⅡ.トレジャーボックス
洞窟を潜ること半時は経っただろうか、地図を確認すれば攻略も半分を越え、最奥部まではもう少しのところである。
戦士とマホツカが非戦闘メンバーとなってしまった最大のピンチの後もモンスターはちょくちょくと出現したけど、数はせいぜい二、三体だし、挟み撃ちされることもなく、麻痺が回復した戦士とわたしの攻撃だけで難なく切り抜けられていた。
それにしてもこの洞窟の構造は実に分かりやすい。基本的に一本道だし、地図がなかったとしても道に迷うことはなかったと思えるほどだ。ゆとり仕様?
「お? 行き止まりみたいだな……」
「ここが一番奥のフロアですか?」
地図上では分かれ道は二箇所ある。一つは何もない部屋へと通じるダミールート。そしてもう一つはここへと繋がる細い道だった。
「あ、何かありますよ」
人工的な物が何一つない洞窟だったが、この部屋には赤と橙のツートンカラーが眩く光る金属の箱が置かれていた。
「これは宝箱なのか?」
「勇者~、アンタも現金ね」
はっはっは、地図に描かれた宝箱のマークに誘われて途中の分岐点でついついこっちの道を選択してしまったわたし。別にいいでしょ?
でも宝箱って本当に実在してるんだ。聞いた話だと断崖絶壁の山肌や、絶海の孤島とかにぽつんと置いてあるというから驚きである。
しかし、わたしは「どうしてこんな場所に宝箱が?」なんて野暮な指摘はしない。冒険の匂いを感じると言いますか、浪漫があるじゃない? 世の中謎があった方が楽しいに決まってる。
あれ? そう言えば誰かが浪漫ロマンって熱く語っていたような気がするけど……、思い出せないってことは気のせいかな。そんなことよりも今は――、
「何が入っているのかな~♪」
武器? 道具? それともお金だったりして!
「地図に描かれているのなら探索隊が回収したのではないか?」
嬉々として宝箱に近づくわたしに水を差す一言。
ぬ! いや、それなら蓋は開いているはず――、
「もしくは必要のない物だったので持ち帰らなかったとかが考えられますね」
ぬぬぬ! いや、重くて運べなかった線も考え――、
「こんなシケた洞窟じゃ中身はせいぜい《ボロの布切れ》か《サビの塊》でしょ? そんな物いらないいらない」
ぬぬぬぬぬ!
戦士は呆れた顔を、僧侶ちゃんは無邪気な子供を見るような微笑ましい顔を、マホツカは「宝より精霊でしょ!」と言いたそうな顔を、それぞれわたしに無言で向けてくる。
ふっ、みんなは現実派だな。宝箱には夢と希望が必ず入っているんだよ! たとえ中身がカラっぽだろうと、開けたことに意味があるんだよ!!
やれやれといった感じのみんなを視界から外してわたしは宝箱の正面に立つ。何の金属か判別できない箱には傷や汚れが一つもない。もしやこの箱自体けっこう価値があったりして。
「どれどれ、中身はいったい何かな……」
「待て勇者!」
「げふぁっ!?」
宝箱を開けるため蓋に手を掛けたわたしを戦士が横から突き飛ばした。な、なぜ!?
「罠かもしれん」
……またですか。
「毒霧、酸霧、爆弾、壁中転移……などなど挙げたら限がないパターンが考えられる。そしてどれもパーティーにとって百害あって一利なしだ。数多の欲に溺れた冒険者たちが罠によって命を落とした事例もたくさんある」
戦士って警戒心が強いというか、極度の心配性なのかな? 石橋を叩いて壊した後に、自分で造り直してからやっぱ船で渡るような性格だったりして。
「私は宝箱に擬態するモンスターの話を聞いたことがあります。すごく強いらしく、何人もの欲に溺れた冒険者たちを即死魔法で葬ったとか」
そ、即死魔法!? 宝箱が?
「ワタシが仕入れた情報だと、地味な場所に置いてある宝箱を開けたら後々レアアイテムが入手できなくなる仕掛けがあるって聞いたわよ。幾人もの欲に溺れた冒険者たちが後でマラソン大会? をしたとか」
なんじゃいそら。それと欲に溺れた冒険者ってどんだけいるんだよ。
「どうする勇者、道具に困っていないのならここは無視するべきではないか?」
戦士と僧侶ちゃんの忠告も理解できなくはない。しかし、ここでスルーしてしまったら二度と宝箱と正面から向き合えなくなってしまうような気がする。どうする、わたし!
「ふふん、だったらワタシに任せなさい」
ドンッと、自信有り気に平らな胸を叩くマホツカ。今日出会ったばかりなのに、マホツカの自信満々の笑み=碌な目に遭わない、の方程式が確立されようとしている。
「要は離れた位置で開ければいいんでしょ?」
「そうだけど、そんなマジックハンドみたいな便利グッズあるの?」
もしかしてマホツカが所持している釣竿でも使うのだろうか。
「こうすればいいのよ。退いてなさい勇者!」
宝箱から遠ざかるよう指示するマホツカは、右腕を狙い定めるようにして宝箱に向けて水平に伸ばす。まさか――、
「紅蓮の意思よ、怪しき箱を爆砕せよ!」
突如宝箱を中心にして幾数もの光の帯が集結する。ちょちょちょちょっと待って!!
「爆ぜろ! 《ギガント・フレア》!!」
耳をつんざく爆発音と視界を奪う激しい閃光。そして黒い煙が狭い部屋を埋め尽くした。
落盤でも発生しそうな大きな揺れが起こる。視界は煙と埃で覆われ、わたしは咳き込んだ。
「ごほっごほっ。み、みんな無事?」
「ああ、なんとか……」
「……私も平気です」
徐々に晴れていく視界の中で姿勢を低くする戦士と僧侶ちゃんを確認する。マホツカは?
「……う~ん、想像していたよりも威力ないわね。この魔法はボツにしようかしら」
周囲の状況など意に介さず、冷静に自分の魔法の効果を分析していらっしゃるよ。熱心なのはいいんだけど、もう少し場所と威力をわきまえられないのかな?
――っと、
「た、宝箱は?」
宝箱があった場所へと駆け寄ったが、そこには金属の残骸が無残に転がっているだけだった。
「これじゃ中身ごとパーか……」
「マホツカ! おまえは少し自重しろ!」
「え~、これでも威力低い方なのよ」
初お宝だったのに、ぐすん。
「勇者さん、足元に何か落ちていませんか?」
ん? ほんとだ。
《焦げた薬草》を 手に入れた!
蒸されたなんてレベルじゃないね。真っ黒な――ウェルダーンな薬草になっていた。
「回復が見込めなさそうな道具だな……」
「そうですね、逆に病気になりそうですね……」
「燃え尽きなかったわね、やっぱボツか……」
効果は謎だけど、せっかくなので記念に取っておこう。もしかしたら何かの役に立つ……わけないか。