ⅩⅠ.戦う少女達
洞窟の中は想像していたよりも窮屈ではなかった。天井までの高さは常に三から四メートルはあり、通路の道幅も大人二、三人は横に並べる広さがある。それに視界も良好なので不便なことが何一つなかった。
もっと虫とかコウモリとかがウヨウヨいるかと思ってたけど、外に比べて涼しいし、モンスターが出現しないのなら夏に避暑地として訪れたい気分だ。
「気を抜くな、モンスターがいつ出現したっておかしくないんだぞ」
「どんなモンスターが出るんでしょうか?」
「どうせ雑魚ばっかでしょ、へーきへーき」
みんなは余裕かもしれないけど、わたしは最弱のレベル1なんだよね。しかも一番マトになりやすそうなのは気のせいだろうか。
洞窟を潜るわたしたちの隊列は、わたしと戦士が前、僧侶ちゃんとマホツカが後ろの二列にしている。一応警戒は怠っていないけど、今のところは探険気分だった。
「ところで、勇者はどの程度剣の心得があるんだ?」
光る壁の一本道を歩いていると、いきなり来ました重いジャブ。戦士は世間話的なつもりで投げ掛けたかもしれないけど、わたしには苦手な数学の問題が当てられた時と同様だ。
剣の心得ですか……、包丁の心得ならあるんだけどな。ブロンズナイフだからって、剣術と調理では勝手が違うに決まっている。
「え……っと、ないです」
下手に繕わずに正直に答えた。戦闘になればすぐにわたしの不甲斐なさは露呈される。十五年の人生でモンスターと戦ったこともなければ剣を扱ったこともない。嘘をついて後で失望されるよりかは幾分かダメージが少ないはずだ。言うのが一時の恥!
「またまた、謙遜する必要はないぞ」
「いや、本当のことなんだけど……」
「私は小さい頃から剣の教えを請うているのだが――」
ああ、戦士って意外に人の話を聞かないタイプなんだね。《リネンキュラッサ》での一件もあることだし。
「自分でも未熟だと痛感している。特に最近は行き詰っていてな。この旅を通して何か乗り越えるきっかけが……」
急に戦士の目付きが戦闘のそれに変わった。腰の剣に手を伸ばし前方に注意を向ける。もしかして敵!?
その場で立ち止まるわたしたち。すると前方から一体のモンスターが出現した。
ゴブリンスライムが 現れた!
《ゴブリンスライム》――半透明の緑色なゲル状の肉体がゴブリンのような体格を形成して二足歩行をしながら近づいてくる。背はわたしの半分ぐらいしかなく、手はあるけど武器の類は所持していない。その辺はあくまでもスライムだった。
名前の由来に関して、「ただ弱いから」と生物学の先生が話していたっけ。理由は察しろと言っていたけど、何を察すればいいのかよく分からなかったな。
緩慢な動作で接近してくる敵。初戦にしてはいい相手ではないか。戦闘経験のないわたしにとってイロハを学んでおきたいところである。
「ファイトです! 勇者さん、戦士さん」
「そんな雑魚スパッと倒しなさいよね」
後列から応援と野次が飛んでくる。まあ敵は一体だ。マホツカの魔法を使うまでもないし、僧侶ちゃんの手を煩わせる心配もないだろう。
わたし 戦う
戦士 戦う
僧侶ちゃん 防御
マホツカ 防御
こんな感じ、かな。
わたしは特売品のブロンズナイフを抜いた。うわっ、体が強張ってる。これがモンスターとの戦闘の緊張感ってやつなの!?
怖い……、腰が引けているのが分かる。けどみんながいるし、ここは勇気を振り絞らなければ!
「はああぁっー!!」
まずは戦士が先手を打つ。
次いでわたしが――、
戦士の 攻撃!
ゴブリンスライムに 117のダメージ!
ゴブリンスライムを 倒した!
…………。
またこの現実を突きつけてくれるイメージか……。
「たかがスライムごとき私一人で十分だ」
「すごいです、戦士さん」
「へえー、意外にやるわね」
戦士は剣を振り払った後、視線をそのままに刀身を鞘に納める。その一連の動作が何とも格好良い! わたしだったら――、駄目だ、想像できねー……。
「こんなところで苦戦などしていたら、この先進めないぞ」
さいですか。
「どうかしたのか勇者?」
「ううん、何でもない」
ちょっと現実を咀嚼して呑み込むのに時間がかかっているだけだから。
「? そうか、では先を急ご――!!」
どうくつサソリが 現れた!
どうくつサソリは いきなり 襲い掛かってきた!
少し気が緩んだところへ再びモンスターが出現した。
《どうくつサソリ》――犬ほどの大きさの巨大な節足類モンスター。紫ずんだ黒い皮膚は金属のような質感で、長い尻尾の先には太い毒針が見える。
完全に不意を突かれてしまったが、所詮は雑魚一体。ゴブリンスライム同様戦士の攻撃によって屠られる運命だろう。
どうくつサソリの尻尾が鎌首をもたげ、戦士の脚に鋭い針を突き刺した。
「くっ!」
痛そうだったけど、戦士の体力と防御力ならかすり傷にすらならないはず――、
どうくつサソリの 攻撃!
戦士は 1のダメージを受けた!
戦士は 痺れて 動けなくなった!
な、なんですとー!?
「ま、麻痺だと……?」
ドサッと、顔面から地面に倒れこむ戦士。その体はピクリとも動かない、が喋ることは辛うじてできるようだ。
「ゆ、勇者……あとは頼む」
何だか死んだ時の台詞みたいだな。
「大丈夫ですか戦士さん?」
「なっさけないわね。運の能力値が低いのよ、きっと」
容赦のないマホツカの一言。でも運なんて鍛えようがないよね。
おっと、こんな悠長な会話をしている場合ではない。今は戦闘中なのだ。
ギチギチと気味の悪い音を立てるモンスター。その尾が新たな獲物を探すように左右に動く。
生活がら小さい虫とかに「きゃー」なんて女々しい反応はしないけど、目の前にいるでっかいサソリはさすがにご遠慮願いたい。
「がんばです、勇者さん!」
僧侶ちゃんの天使の調べによる声援! こうなったら自棄だ! (※注 ノーマル戦闘です)
「ええい、ままよ!!」
勇者の 攻撃!
どうくつサソリに 8のダメージ!
どうくつサソリを 普通に倒した!
あ、あれ? 倒せ、た?
「さすがは勇者さん」
「へえー、けっこう様になってるじゃない」
包丁を握ったことはあるけど剣はない。大根を切ったことはあるけどモンスターはない。料理の手ほどきを受けたことはあるけど剣術の指南はない。けどなぜだろう、戦士みたいなそれっぽい動作になっていた。硬そうに思えたモンスターの皮膚も一刀両断できたみたいだし。
もしかして才能? まさかね……。
あ、そう言えば、
「モンスターってお金を落としたりしないんだね」
硬貨を撒き散らしたり宝石になったりするって聞いたことがあるけど、やっぱ世の中そんなうまい話はないのか。
「私が聞いた話ですと、剥ぎ取った素材を換金するらしいですよ」
「は、剥ぎ取る……?」
わたしは地面に転がる二体のモンスターの成れの果てを見た。ゴブリンスライムは形状が維持できなくなって粘性のある水溜りを作っている。一方どうくつサソリは蜘蛛が死んだ時のように腹を上にして脚を閉じた姿勢でご臨終だ。
いくら死んでいるからとはいえ、剥ぎ取るのは気が引ける。スライムに関してはそもそも何を剥ぎ取れと?
「こんな雑魚じゃ一セントにもならないわよ。一儲けしたいのならドラゴンかオーガ級じゃないとダメね」
そうなんだ。人生楽してお金儲けはできないってわけね。
「お、おー……い」
剣を両手で握ったまま地面に突っ伏している戦士が救いを求めている。ごめん、忘れてた。
「何か……ま、麻痺を治す手段……を持ってないのか?」
確か麻痺は《マヒなお草》で治せるはずだけど、シンアークの道具屋では売ってなかったんだよね。それに麻痺を与えてくるモンスターが出現するなんて思っていなかったし。
「そ、僧侶の法術は?」
「僧侶ちゃん、どう?」
「すみません、解毒はできるんですけど、他はまだ……」
だよね、僧侶ちゃんだってまだレベル7なんだから。戦士のレベルがおかしいだけだよ。
「別に謝る必要ないわよ。油断した戦士が悪いんだから」
「ぐぐ……反論できん」
治す方法がないとすると、ここで自然治癒するのを待つしかないのかな。攻撃係りがわたし一人しかいないから、せめて安全な場所に移動したいところである。
「運ぶ?」
とりあえずマホツカと二人で戦士を持ち上げてみた。
「お、重!? アンタどんだけ重たい鎧装備してんのよ!! ゆ、勇者そっちもっと力入れなさい!」
「む、無理、腕がつりそう……」
それにこれでは持ち上げられても一歩も前に進めそうにない。
「ふふ……と、特注の鋼鉄の鎧だ。私の体に……ぴったり合うように作ってもらっている」
「そんな自慢話はどーでもいいのよ! ワ、ワタシもうダメ」
マホツカが力尽きて倒れる。わたしも追うようにして戦士から手を離した。
再びマナ板の上の死んだ鯉のように横たわる戦士。駄目だ、ここで回復を待とう。
「もう置いていっていいんじゃない?」
「それはあんまりですよ、マホツカさん」
戦士の能力値ならモンスターが現れてもしばらくは大丈夫だと思うけど、戦力がガタ落ちしてしまう。それに一人置き去りにするなんて、わたしがされたら一生のトラウマになるね。
「くっ、私としたことが、い、一生の不覚……」
「そ、そんなに思い悩むことないって。攻撃対象がわたしだったらわたしが麻痺してたよ」
『戦士』としてのプライドが高そうな戦士である。足手まといになった自分が許せず「自刃する」とか言い出しそうだ。
「ゆ、勇者さん!」
――!!
ゴブリンスライムたちが ペタペタと現れた!
どうくつサソリたちが カサカサと現れた!
アルビノコウモリたちが パタパタと現れた!
ソルジャーアントたちが ワサワサと現れた!
ひとくいカラスたちが バサバサと現れた!
「ちょっ、多すぎ!」
「随分な歓迎じゃない」
「み、見えん! どう……したんだいったい! 敵か!?」
モンスターの大群。この洞窟に棲息している全種類が揃っているのではないだろうか。
前後をモンスターたちに囲まれたしまったわたしたち。いくら広い通路とはいっても、これでは容易に逃走することもできない。
それにしてもモンスターって縄張り争いとかしないの? 仲良く現れるなんてちょっとずるい。あと白いコウモリって不気味……。
「ど、どうしましょう勇者さん」
ざっと見渡しても二桁はいる。一体一体はたいしたことないかもしれないけど、これだけの数を相手するのは、経験不足のわたしには嫌でも不安が生じる。
「ふふん、こんな時こそワタシの出番かしら」
わたしと僧侶ちゃんがうろたえている中、マホツカは冷静に、そして自信満々の笑みを浮かべていた。
「マホツカ、いけるの?」
「ワタシを誰だと思ってんの。こんな数だけの連中カカシ同然よ」
頼もしい台詞と共にマホツカは両手を胸の前で合わせる。すると朱色に光る球体が生まれ、徐々に大きくなっていく。
これが魔法? 初めて見たけど、何かすごそう!
「地獄の業火よ、地べたに這い蹲る雑魚共を骨まで燃やしなさい!」
魔法の発動文句ってそんなんなんだ……、一応飛んでる敵もいるんだけど。
「灰燼と帰せ! 《ブレイジング・インフェルノ》!!」
「うわっ」「きゃっ」「なんだ!?」
マホツカが両の手を天にかざした瞬間、前後のモンスターたちが燃え盛る炎の牢獄に閉じ込められた。熱さは伝わってこなかったけど、あまりの眩しさにわたしは手で目を覆う。
マホツカは 魔法を唱えた!
モンスターたちに 平均336のダメージ!
モンスターたちを 殲滅した!
つ、つえー……!
「まっ、ざっとこんなものかしら」
ふふん、と誇らしげな顔のマホツカ。その周囲には言葉どおり塵一つ残っていない。悲鳴を上げる暇なく焼却されていったモンスターたち、南無。
「す、すごいですマホツカさん」
「誉めたって何も出てこないわよ~♪」
いや、ホントすごい……んだけどさ、戦士もだけど、何が二人をそこまで強くさせる気にしたのかな?
「ま、いっか。とりあえず一難去ったわけだし……」
――!!
モンスターの群れが 性懲りもなく 現れた!!
「ま、また来ました」
一難去ってまた一難ですか。数はさっきと同じぐらい。意外とモンスター多いね、この洞窟。
にしても、一息入れる暇もあったもんじゃない。戦士は未だ麻痺したままだし、マホツカだって魔力に限度があるので頻繁に頼るわけにはいかないのだが……、
「マホツカ、さっきのもう一回よろしく!」
せめて戦士が復帰するまではお願いするしかない。
「え、無理」
…………? はい?
「な、何で?」
「何でって、さっきので魔力使い果たしちゃったからよ」
…………? えっ?
「一回の魔法の使用でですか!?」
「そりゃそうよ。ワタシが編み出した百八個のオリジナル魔法、どれも威力や攻撃範囲を上げてるからね、当然魔力の消費もでかいわっけ」
確かに「モンスター共がゴミのようだ!」って感じの威力だったけどさ……。
「? じゃあマホツカは街に戻って休むまで魔法が使えないってこと?」
まだ洞窟攻略も序盤である。もしものこと(今がまさに)を考慮すると魔法の援護がないのは厳しいな。
「へーきへーき、この腕輪の効果で魔力が少しずつ回復するから」
なーんだ、それを先に言って頂戴な。
「で、どれぐらい掛かるの?」
「うーん、半時ぐらい?」
「駄目じゃん!」
そんな漫才を繰り広げている間にモンスターたちがジリジリと距離を詰めてくる。
「どーするの、この敵!」
「むむむ…………、仕方がないわね。だったら魔力が無くなった時用の奥義を見せて上げようじゃない!」
初陣にして奥義って……。
「雑魚モン共が、調子に乗ってんじゃないわよ! 刮目しなさい、魔法使いの最終奥義――」
腰を深く落として拳を溜めるマホツカ。《正拳突き》でも繰り出そうとしているみたいだ。全身からはオーラのような感じのものが出ている……気がしないでもない。
「――ハッ! てりゃ!!」
マホツカの 攻撃!
マホツカは 全身全霊を込めて ゴブリンスライムを 殴った!
ゴブリンスライムに 1のダメージ!
ゴブリンスライムを 倒せなかった!
…………。
「むむむ……、ワタシもまだまだ修行が足りないみたいね」
「何の修行だよ! おのれは武闘家か!」
「メンゴメンゴ、今度美味しいラーメン奢って上げるから、後よろしく!」
…………。
結局わたしが戦うことになった。苦戦しながらも僧侶ちゃんの回復サポートもありどうにかモンスターたちを撃退することができた。おかげ様で実戦にも大分慣れたよ、本当―に。
それと、
勇者は レベルが 上がった!