ある魔王の最期
勇者と魔王の戦いは、佳境を迎えていた。
圧倒的な強さを見せる魔王に対して、勇者は仲間との連携によって対抗していた。
一人一人では到底魔王には及ばなかっただろう。
だが、そんな者達も、勇者と協力し、助け合うことで魔王と渡り合うことができていた。
やがて、戦いの趨勢は勇者たちに傾いて行った。
このまま戦い続ければ、勇者の勝利は間違いないだろう。
しかし、魔王は余裕のある態度を崩さない。
「勇者よ、よくぞここまで我を追い詰めた。だが、我は後二回変身を残している!」
「なんだと!」
驚く勇者たちに向けて、魔王は強引に強烈な攻撃を放つ。
勇者たちは難なくその攻撃を避けるが、その間に距離を取った魔王は変身を終えていた。
「フハハハハハ! この姿を見せるのは百年ぶりだ。栄誉に思って死ぬがよい!」
「なんだ、あの姿は!?」
「カニ……なのか?」
甲羅に覆われた平たい体、二本の大きなハサミ、四対八本の足。
変身した魔王の姿は、まるで巨大な蟹のようだった。
「どんな姿になろうと関係ない、これまで通り戦って、俺たちが勝つ!」
勇者のその一言で、戦いの第二ラウンドが始まった。
◇◇◇
変身した魔王は強かった。
一見ふざけた姿に見えて、変身前より何もかもパワーアップしていた。
「くっ、なんて硬さだ!」
「剣も魔法も通らないなんて……どうやって倒せばよいのだ!?」
特筆すべきは防御力の高さだった。
硬い甲羅は剣も魔法も弾き、有効なダメージを与えることができなかった。
「どこかに弱点はないのか?」
勇者は焦っていた。
この戦いのために用意した切り札は、既に切られていた。
加速剤。
使用者のあらゆる行動の速度を数倍に高速化する秘薬を、すでに全員が服用済みだった。
速度で魔王を翻弄している勇者たちだっが、秘薬の効果は一時的なものだ。
いずれ秘薬の効果は切れ、速度の優位は失われる。
体への負担の大きい加速剤は、連続での使用ができない。
それ以前に人数分しか用意できなかった。
一度きりの奥の手である。
さらに、加速剤は効果が切れると副作用で動作の素早さが半減するとされていた。
今の魔王の前でそんな姿をさらしたら、逃げることすらできずに全滅するだろう。
何とかして薬の効果の残っているうちに魔王を倒す必要があった。
「この! ちょろちょろと逃げ回りおって。」
一方、魔王の方も焦れていた。
変身によるパワーアップは圧倒的だ。
勇者たちの攻撃はほとんど効いていないし、直撃すれば一撃で瀕死に追い込めるほどに攻撃力は高い。
だが、当たらない。
勇者たちは、当たれば致命的な攻撃を器用に避け続けている。
魔王の容赦のない猛攻にもかかわらず、勇者も、その仲間も、誰一人欠けることなく、反撃までしてくるのだ。
このまま戦っていれば勝てることは分かっていた。
勇者側の攻撃はほぼ効かず、自分の攻撃は当たれば倒せるのだ。
一つミスをするたびに、勇者の仲間が一人脱落していくだろう。
また、魔王は勇者たちの異様な速さがドーピングによるものであると気付いていた。
目の前で薬を飲んで、それから唐突にスピードアップしたのだから気付かないはずがない。
ならば、その効果は一時的なものだ。永続的な効果があるなら、戦闘中に服用する必要はない。
元の速さに戻れば、今の魔王に捉えられない相手ではない。攻撃さえ当てられれば倒すことができる。
だが、と魔王は考える。
それでよいのか?
魔王たる者が、ただ相手の自滅を待つような、そんな消極的な勝利でよいのか?
「これでは埒が明かぬなぁ。」
だから、魔王は決意する。
そう、これは魔王としての矜持の問題。
別に、攻撃が当たらなくてイラついたとか、手応えのない戦いに飽きただとか、そーゆ―ことではないのだ、決して。
「これより、本気で相手をしてやろう。」
「まさか!?」
「見るがよい、そして絶望せよ。これが我が最後の変身にして、最強の姿である!」
「くっ……」
勇者は歯がみする。
変身した魔王攻略の糸口さえも掴んでいないのに、さらにパワーアップされたら打つ手がない。
だが、攻撃が通らぬ相手では、妨害することすら難しい。
せめて魔王の変化を見定めようと、勇者は目を凝らす。
勇者たちが見守る中、魔王は悠々と変身を始めた。
まず、魔王は体を前に倒した。凶悪な二つのハサミが地に着く。
そして、後方――蟹の尻の辺りの甲羅が割れ、背中の甲羅が持ち上がっていく。
魔王(蟹)の体から、何かがじりじりと這い出して来る。
「これは……脱皮か?」
「変身だ!」
魔王は変身だと言い張るが、その姿はどう見ても脱皮にしか見えない。
蟹の脱皮は命懸けである。
硬い殻から抜け出すために、脱皮の最中の蟹は非常に柔らかい。
また、脱皮の最中は移動することも、身を守ることもできない。
蟹にとって脱皮は重労働であり、時間もかかる。
脱皮中に力尽きて死んだり、捕食者に食べられてしまう蟹も多いという。
「待っておれ、今、我の、真の姿を……く、足が引っかかった……」
「……総攻撃だ! 脱皮が終わる前に魔王を倒しきるぞ!」
「「おう!」」
勇者は待たなかった。
千載一遇のチャンスである。
この機を逃せば、魔王を倒すことは叶わないだろう。
「だから、変身だ! あ、こら、待て、止めろ、変身中に攻撃する奴があるか! ……うぎぁー!!」
こうして、魔王は滅びた。
「魔王討伐を祝して、本日はカニ鍋です。」
「……その蟹、まさか魔王じゃないだろうな?」
「……(^^♪」
「なんか言えよ!」
※カニ鍋は勇者一行が美味しくいただきました。




