五.花鉄対決
――20分ほど時間が経って、篁沙久を呼ぶ珠梨の声が響いた。
「名前決めるのに随分時間が掛かったな。洗濯終わったからちょうど良かったが」
「名前はすぐ決めたんだけどね、最初の説明が長すぎて……。主軸となる花鉄社のプロローグ説明があって、スキップできないから見てたんだよね。なんか、花鉄社は初代大手鉄道会社に利便性で勝てないから、完全観光鉄道の経営方針に徹して、利益を得たらしいよ」
「夢や希望じゃなくて、妥協戦略を謀った会社のゲームだったのか」
「ほれリモコン」
珠梨にリモコンを手渡され、「やれやれ」と篁沙久は彼女の隣に腰を据えた。
「おい。俺の名前が『クソ天界』電鉄とはどういう了見だ」
「あ、さっそく気づいた? いや~漢字含めて四文字までにしなくちゃいけなくてさ」
「じゃあ『篁沙久』でいいだろ!」
「もう名前変えられませーん」
「ムカつく」
花鉄は、各プレイヤーが観光鉄道 花鉄社の車掌となり、国内の観光名所を電車で巡っていくゲーム。
プレイヤーが振ったサイコロで出た目だけマスを進め、乗車客が希望する観光地に向かっていくだけの、いわゆる双六ゲームなのである。
ただ、普通の双六のように早くゴールすれば良いのではなく、目的地に着くまでに課せられるミニゲームや、マス目に書かれている乗客からのミッションを、車掌はクリアせねばならない。乗客の満足度に応じて、各会社の株価が変動し、ゴール順位とゴール時点の株価の総合点で勝敗が決まる。
「1Pは篁沙久にしておいたから」
「俺からかよ」
スタート地点は東京駅。最初の目的地は福岡県 博多。目的地までのマス目は、およそ46マスほど。
篁沙久がサイコロを降って出た目は、「3」。進んだ先のミッションが画面に提示される。
【乗客からの要望:車掌の運転が荒く、乗客の一人が車酔いに。水が必要】
「水なんてどこで手に入れればいいんだ」
「ダメじゃん、篁沙久。お客さんが乗っているんだから、優しく運転しないと」
「黙れ」
画面が切り替わり、次にコマンドが出現する。
【コマンド①】トイレの水をペットボトルに入れて誤魔化す
【コマンド②】他の乗客の水筒を盗み、渡す
【コマンド③】自分の飲みかけのペットボトルを渡す
【コマンド④】最寄りの駅で停車し、駅で購入する
【コマンド⑤】その他
「普通に考えれば、④が妥当だな。他はどれも不衛生」
「でも、④は④で遅延が発生して、他の乗客から非難浴びそうじゃない? 乗客一人からの文句か、それ以外からの非難だと、ポイントへのダメージはどちらが大きくなりそうかなぁ~?」
「うーん……そうなると、何が出るかは分からんが、安牌は⑤の【その他】か?」
悩みつつも篁沙久は⑤を選択。そしてその瞬間、何故か画面は真っ赤に。
【コマンド⑤を選択。近くの乗客から血液を採取。採れたての飲み物を提供する】
「急なホラー展開!」
画面には、採取されたであろう頭部から血を流し倒れた乗客と、返り血に塗れた車掌が満面の笑みで赤黒い液体が入った容器を掲げており、非常におどろおどろしい。
「ラッキー! 人身事故を起こしたら、クソ天界電鉄の株価暴落は間違いなし!」
「貴様謀ったな!」
「狙ってませーん」
【次、死神電鉄のターン】
「なぜ『死神』?」
「本当は、二人合わせて『死ね』『天界』電鉄にしようと思ったんだけど、『死ね』が弾かれちゃって」
「だから俺のプレイヤー名に『クソ』を付け加えたのか!!」
「えへへ」とわざとらしく笑いながら、誤魔化すように急ぎ珠梨は、サイコロを振った。出た目は『6』
【ミッション:ガラの悪い男性が女子高生を痴漢している。車掌としてどうやって止める?】
そして再びコマンドが出現する。
【コマンド①】ホモの同僚に対応をお願いする
【コマンド②】殺虫剤を掛けて、撃退する
【コマンド③】ブレーキ操作をする
【コマンド④】「俺の方が大きいよ♡」と、ズボンのチャックを目の前で下ろす
【コマンド⑤】犯人のそばで、厄除払いを始める
「このゲームに、常識的な選択肢は出てこないのか」
「あら、面白いじゃない?」
教育上、ゲーム機の購入はやはり控えるべきだったのではと、早くも篁沙久は後悔し始める。
「一番マシなのは③か?」
「えーでも、①と④とか面白そうじゃない」
「『ミッション』をよく読め。痴漢行為を止めさせるのであって、犯人にダメージを与えろと書かれていない」
「ほんと堅い男ね。車内で殺人事件を起こした人の言うことなんて、誰が聞くものですか」
【コマンド①を選択】
「あ!」
篁沙久の意見を聞かずして、珠梨は躊躇うことなく①を選択した。
【同僚と共に、犯人はトイレに籠城。痴漢行為は止められても、二人のブレーキを止めることは難しそうだ】
「うるせぇよ!!」
空かさず、画面に対して篁沙久がツッコんだ。
「でも、痴漢行為を止めたことで、株が少し上がったわ!」
「さぞ好感度は下がっただろうよ……」
次にまた、篁沙久がそそくさとサイコロを振った。
【乗客からの要望:海外からの乗客が、客室乗務員の態度を評価。チップをもらい、会社の利益となる】
「うわ、ズルー」
「当然の結果だな。ズボラな珠梨では気付かぬ配慮まで、クソ天界電鉄は行き届いている」
「『クソ天界』電鉄は遂に受け入れたのね」
【クソ天界電鉄車掌は、10000ジンバブエ・ドルを受け取った】
「はあ!!? なんでただの観光客がそんな大金持ってるのよ!」
「早くも勝負あったか〜」
臨時収入を得て、優越感に浸る篁沙久。
だが、『ドル』と聞いて、二人はてっきり米ドルと思い込んでいるようだが、ジンバブエ・ドルは、過去のスーパーインフレによって金銭的価値が大暴落した通貨であり、現時点での価値は日本円で1ドル=約0.43円。つまり、1000ジンバブエ・ドルはたった4300円ぽっち。彼らが想像している1000ドルとは、360倍以上価値が異なる。
そうとは知らず、大幅に利益を引き剥がしたと安心しきっている篁沙久が泣くことになるのは、まだもう少し先のこと。
【警告:株価暴落】
突然、画面に表示された文字。一瞬、二人ともなんのことか分からずに固まっていると、さらに画面が切り替わり、鉄道会社のポートフォリオの赤いグラフが急降下した。
「「ええーー!!」」
【株価を暴落させる『死神』が死神電鉄に取り憑いた!】
「だから名前がややこしい!」
「あたしの株価暴落した〜!」
予測不可能なシナリオゲームに夢中になる二人。気づけば2時間近くゲームをやり続けていた。
全然終わる気配のないゲームが白熱し続けていたその時、玉城神社の本坪鈴の音が鳴った。
――シャラン、シャラン、シャラン
しかし、その音は、社にあるガラガラとした鈴の音ではなく、シャランシャランと訪問者を知らせるための裏鈴が三度鳴った。
「珠梨。一旦やめるぞ、お客様だ」
途端に、珠梨の顔が一気に暗くなる。何もいいところでゲームを止められたからではない。
裏鈴は、人間のお客には鳴らせない。つまり、訪問してきたのは、人ならざる者。
「服ちゃんと着て。身だしなみは整えておけ」
「分かってるわよ」
篁沙久は、急ぎゲーム機が見えないように布で隠し、玄関へ向かった。
戸を開けた向こう側で待っていたのは、白い狩衣を纏った、怪士面の男。
訪問する神の従者だ。
「控えよ。畏くも天界の偉大なる貴神 大国主命様のご光臨である。謹んで、お迎え奉れ」
途端、外の景色が一瞬で闇に包まれた。そして次の瞬間、天より目を開けるのも憚れるほどの、一点の眩い光が空を照らした。
その光の中心から、徐々にここに向かって近づいてくる、横長の細い影。黄金の雲の上に乗り、牛車を引き連れ、何人もの人達がこちらに向かって静々と歩いてくる。
近づくに連れて見えてきた影の正体には、ギンギラに装飾された車箱、たくさんの怪士面の従者達に、世話役の女官達、道中の神を楽しませるための雅樂隊がいた。
それは、天界に強い影響を与える御神が人界に降る際に、よく見られる光景だった。
黄金の雲は屋敷の前に降り立つと、牛車の御簾が上げられた。中から現れたのは、まさに自信を顕現したような綺羅びやかで神々しい光を放つ、端麗な男神。
目の前の高貴な神に、一介のしがない人神は、仰々しく頭を下げた。
「これはこれは。ようこそ、いらっしゃいました――大国主命様」




