三.神々に愛された人間
――最近は、流行りなんでしょ?
『修行したら、私は神様の声が聞こえるようになりました』
『神様は選んだ人の前に現れる。神様に選ばれたということは、神様から重要な使命が与えられたということ』
『「神」なんて胡散臭く見えるでしょ? 最初は信じてくれなくて大丈夫よ』
「神様と繋がることができる人間」であることが、今、人の間でステータスになっているんでしょ?
胡散臭いと思いつつ、みんなそういう人たちが気になっている。
非科学的なことに妄信する様を揶揄ったり、疑心を抱きつつもあわよくば自分もそちら側の人間になりたい憧れや、シンプルな金目当て……。
何千年の時が過ぎても、日本人には「神」という偶像に需要がある。
ここまで、如何にもあたしはそういう批判も賛同もする人達とは違うような、第三者な言い草で語ったが、斯く言うあたしも「神様」の存在を信じている。
だって、誰が何と言おうとも、神は存在するのだから。あたしには、神の存在を視認し、人と同じように会話をすることができる。
世間で言う、まさに「選ばれた人間」だ。
だけど私は、神と繋がっていることを世の中にひけらかしている、「ただ選ばれた人間」とも違う。
その人たちはきっと、神様のことが好きでしょ。彼らと交信できることに神秘性を持って、あまつさえ誇りに思っている。
だが、あたしは違う。神々のことを好きだと思ったことなんて一度たりともない。
真に「選ばれた人間」であれば、絶対にあいつらに好意を持たないと断言できる。「願いを叶える」などと甘言を囁かれようとも、その言葉を振り切って神殺しができる自信があるほどに、神という存在が嫌いだ。
――18年前の12月31日 珠梨は生まれた。
ごく普通のサラリーマン家庭の夫婦の間に生まれたあたしは、ごく一般的な生活を送って、可もなく不可もない人生を送るはずだった。それほどまでに、特に何も特別なことのない人間だと、自分では思っている。
だが、私が生まれた瞬間、天界は大騒ぎだったそう。
「つ、ついに、生まれた……!」
「千年に一度の、逸材が!」
神々が直感で、何を感じ取ったのかは分からない。だが、あたしは神々に気づかれたその時から、彼らにとっての特別な存在となった。
幼少期は、親元で育てられつつも、常に周りには神がいた。
乳を飲むときも、寝ているときも、一人で遊んでいるときも、あたしの傍らには代わる代わる神々がいて、何をするでもなく、ただあたしのことをじっと見ていた。
生まれてその光景が当たり前だったから、それを不気味がることもなく、泣くこともなかった。むしろ、あたしの身が危険になると、いつも見ている誰かが必ず助けてくれた。
言葉を覚えるようになると、段々、彼らとも会話をするようになった。空を見て話す姿や、親や保育園が教えた覚えのない言葉遣いをするようになって、ようやく周囲の大人は、あたしに人ならざるものを見えているのだと察した。
「ねえ、珠梨ちゃん。いつも誰とお話ししているの?」
6歳の時、母親からそう聞かれて、あたしは初めて、自分がいつも当たり前のように見ている彼らが、他の人には見えていないことを知った。
でも、だからと言って、不気味がられることはなかった。霊感を持っている人なんて、現代では別に珍しくはないし、何よりあたし自身がそれに困っている様子も見せていなかったから、母親も次第に気にしなくなった。
だが、母親から尋ねられたことをきっかけに、あたしはある日、親の目を盗んで、ふと気になったことをその時近くで見守っていた翁姿の神に尋ねた。
「おじいさんは、だぁれ?」
「わしの名は、思金。知恵の神じゃ。知恵は、良いぞ。重みもない、邪魔にもならぬ、知っていて何も損はない。役に立つ他、役に立たぬ」
「ママに見えない人は、みんなかみさまなの?」
「左様。母親のみならず、珠梨様以外には、我々の姿を見ることは能わず」
「どうして珠梨にはかみさまが見えるの?」
翁は、その質問に一瞬言葉を飲んだ。
そしてこの翁が、これからあたしに一生モノの絶望を背負わせることになるとは、このときのあたしは、思ってもみなかった。
「それは、珠梨様が『贄姫』だからでございます」
「『にえひめ』?」
「左様。贄姫とは、千年に一度に現れるか否かの、至上の魂を持って生まれた人間。存在そのものが神々にとって極上の供物となり、癒しとなる者のことを指します」
「どーゆーこと?」
「珠梨様がただいるだけで、我々神々が幸せな気持ちになるということです。存在だけでなく、贄姫が作る作物や織物、唄や舞などでも、神々は心を満たされる」
「あたしは、ずっと『にえひめ』なの?」
「一重には生涯。しかし、厳密には、ずっとではありません」
「いつまで?」
「19歳の年祝いの前日まで。女性は19の年になると、厄が纏い、以降『贄』として質がやや下がる。それ故、穢れる前に、19歳の年祝いの前日に珠梨様を天界に招き入れ、天照大御神様から指名された神に下賜されます」
「かしされるとどうなるの?」
「それは、賜った神次第。暇を充実させるために、必要な時に唄や舞を見せる時もあれば、神のために調度品を作ってもらうことも。中には、その美味なる身体を食らうために、血肉を貪ったり、あるいは……」
「『あるいは』?」
その時、思金神は徐ろに私に目をやった。彼がなぜその先を言わなかったのか、その理由は、身を以てすぐに知ることになる。
「――珠梨様、服を全部脱いでみなされ」
顔色一つ変えることなく、思金神はあたしに言った。あまりにも普通に言うものだから、子どものあたしは疑う余地なく、言われるがままに裸になった。
裸になっても、彼は眉一つ動かさなかった。聞き分けの良さに驚くわけでも、喜ぶわけでもなく、ただ黙って枯れた手をあたしの方へと伸ばしてきた。
「――珠梨ちゃん? なに、してるの?」
思金神の手があたしの身体に届く直前、外で作業をしていた母が帰ってきた。リビングで裸で一人立ち尽くすあたしを見て、母はただ「驚いた」と言うよりもショックを受けているようだった。
思金神が、裸のあたしに何をしようとしていたのかは、分からない。……分かりたくもない。
だけど、この時の出来事は、すぐに天界の神々の耳に入った。
あたしの身の安全――ではなく、抜け駆けしようとする神への対策のために、あたしはその後すぐに天照大御神の管理下に置かれることになった。
両親からどうやってあたしを引き剥がしたのか、それはあまり覚えていない。
だけど、風の噂では、胡散臭い新興宗教を設立させた数年後、夫婦共々蒸発したと言う。宗教法人はすぐに解散。なんの嫌疑かは知らないが、法人幹部の一部は、指名手配もされているとのことだ。
両親のことは気にはなるが、もう会いたいという感情も、すっかり乾いてしまった。
目の前の現実から逃げ出したいなんて、何回も思った。だけど、神に本当に魅入られたら、終わり。
逃げ場なんて、どこにもない。
18歳になって迎えた新年――あたしが人間として生きられる、最後の年が始まる。




