一.謎の巫女
僕の名前は、田中 大輔
都内の大学に通う3年生で、現在就活真っ最中。周りが着々と就活を終わらせる中、僕は進級を前にして未だ内定を一つももらえていない。
焦った僕は、年明けの今日、願掛けのためにある噂で有名な玉城神社に参拝しに来た。
玉城神社は、某県の山中にある知る人ぞ知る小さな神社だ。国内で唯一の気象の神様を司っており、結婚式などの大切な日の晴天祈願や、僕のように気象予報士を志す学生達の合格祈願、雨男や雨女の脱却祈願などを目的とした参拝者が訪れる。
元は、軍にとって気象条件は、戦略・作戦を講じる上で重要視されていたことから、戦時中、大日本帝国陸軍の陸軍気象部構内によって建立された。
「こ、来れた……!」
玉城神社が建てられている山は、天気が変動しやすく、気象条件が揃わないと神社にまで辿り着くことが難しいとされている。
地元の人からは、「この神社の祭神は人嫌い」とも言われており、神様から招かれた参拝者しか辿り着くことができないと、専ら噂されていた。
駅からの利便性は悪く、徒歩で山を登らなければならず、そこまで労力を掛けても辿り着けるかどうかは分からない。そんな社に、新年早々わざわざ参拝する物好きなんてそういない。
だから、穴場を狙って今年一年の運試しにと、ダメ元で来てみたのだが……
「まさか、本当に辿り着けるとは……」
スマホの写真で見た通り、山の中にひっそりと建てられただけあり、こじんまりとしている。
鳥居をくぐり、石畳に沿って歩いていけば、気持ちばかりの小さな手水所と、奥には御鏡が奉られた祠に辿り着く。
御鏡の前には、玉串や御神酒、季節の花などが供えられている。今は僕以外の参拝者は誰もいない。道中、人も車も誰もすれ違わなかったが、誰かがすでに参拝した跡なのだろうか。
ネット情報だと、この神社の祭神は味覚障害があり、食べ物をお供えしても願いは聞いてくれないと言う。そのため、目で見て楽しむことができる花や神楽、金品などを奉納すると良いとされている。
手水で身を清め、賽銭箱がないため気持ちばかりのお賽銭を祠の中に置いて、二礼二拍手。合掌し、無事気象予報士になれることを心の中で祈願する。
最後に一礼して、踵を返し、用事は終わった。来るまでの労力に全然見合わない、なんとも味気ない参拝だった。
山を登り切っても、木々に囲まれているため景色を楽しむことも叶わない。動物の鳴き声一つせず、ポツンとただ一人、山中に取り残されているような感じに段々と寂しさが込み上げてくる。
……だが、同時に居心地の良さもある。寂しさを抱こうとも、それでもこの空気の美味しさをもう少し堪能していたい。だから暇潰しがてら、もう少しだけ神社を散策してみることにした。
社務所も、御神木もない、ただの山道の外れ。自然豊かなわけでも、気候に恵まれているわけでもない。特別感など何もないこんな辺鄙な場所に、なぜこの神社の創設者は社を建てようとしたのだろう。
(神様に、見せたい景色でもあったのかな?)
なにもすることがないからか、ふと湧いた疑問が、どうしようもなく気になった。人間が見せたかったであろう、神社からの景色を、僕も見てみたいと思った。
有識者が見れば、これから僕がやろうとすることは、恐らく神様から怒られることなんだろう。
周りに誰もいないことを、何度か確認し、祠に再度一礼して、僕は神域内に足を踏み入れた。
背徳感を味わいながら祠に腰を据えて、恐る恐るもたれ掛かり、しばらくそこから見える景色を、ただ呆然と見つめていた。
(なんの変哲もない、ただの景色だ……)
地形の変動などもあったのだろうが、やはり凡人の僕にはただの緑の風景にしか見えない。特別この山の標高が高いわけでもない。軍人が参拝していたのであれば、訓練も兼ねて、ただちょうどよい山でも選んだのだろうか。
――そんなどうでもいいことを考えていた時だった。
「おや、珍しい」
誰もいないはずなのに、突然祠の方から女性の声が聞こえ、思わず肩が跳ね上がった。
咄嗟に振り返ると、ボサボサ頭の若い巫女さんが、祠の横から悪戯っぽい笑みを浮かべながら、顔を覗かせていた。
「お兄さん、新年にこの神社までわざわざ参拝しに来てくれたの?」
「は、はい!」
童顔だが、どこか大人っぽい雰囲気を纏った若い女性。寝癖まみれの長い赤髪に、眠そうに潤んだ藍色の瞳。
寝ぼけているのか、こんなに冷たい風が吹いているのに、なんの防寒具も身に着けず、巫女服1枚で外を出歩いている。それでも寒そうにする素振りもなく、平気そうに風に当たっている。
この神社の巫女さんなのだろうか。
「あの、巫女さんがいるってことは、どこかに社務所があるんですか?」
「んー? 社務所はないけど、あたしこの神社の管理者の家に住んでてね。すぐそこに家があって、一緒にここの神社の世話してんだよね」
「そう、なんですね」
神職に就いているにしては、ヤケに砕けた態度をした巫女だ。服装だってよく見たら、服を着崩していて、開けた隙間からその豊満な乳房が今にも見えそうで、思わず目のやり場に困ってしまう。第一印象としては、かなりズボラそうな人に見える。
……だけど、言われてみれば、神社には落ち葉1つ落ちてなかったし、水回りだってきちんと掃除されている。供え物だって新しいものばかりで、祠も古いが不潔感はない。
素人目で見ても分かるほどに、管理は行き届いていた。
「お兄さんは、気象予報士目指してるの?」
「ええ。やはり、そういう人達の参拝が多いですか?」
「そうね。ここに参拝者が来たのは半年ぶり。お兄さん、運が良いのね。ここには滅多に参拝者が来られないの」
「ですよね……。自分でも無事ここに来られたことに驚いてしまって」
「参拝日にこんな快晴だなんて。今日は比較的暖かいし、本当にお兄さんは、この社に歓迎されているのね」
「そう、なんですかね……。そうだといいな」
そう僕が照れくさそうにしていると、徐ろに巫女は何も言わず、僕との距離を縮め、ぐっと顔を近づけてきた。その圧に、思わず少し後退りしてしまった僕だったが、なぜだろう……じっと僕のことを見つめてくる彼女から、目が離せない。
「あの……」
「目」
「え……?」
「目の下。クマができてる」
僕の目の下にできたクマを、そっと優しく指でなぞるように触れる。彼女に触れられた途端、なぜか背筋に、甘く心地よい痺れがピリリと走った。
「勉強、相当頑張ってるのね」
巫女は、僕に労いの言葉を掛けながら、さらに顔の距離を縮める。
仄かに女性特有の甘ったるい匂いも相まって、なんとも言えない甘い刺激と、大人びた雰囲気が漂う。
これまで一度も女性経験がない僕が初めて感じ取る、そういう雰囲気に、期待と困惑と緊張が走り、心臓が高鳴る。
「ねぇ。ここ、寒いでしょ? せっかくここまで頑張って来てくれたんだもの。暖かいところで、もう少し話さない?」
「え、でも……」
「大丈夫。管理者は今ちょうどいないの。家に招き入れても気付かれない。一緒に――温かくなりましょう?」
耳元で、誘惑を囁く巫女。
僕だって一人の男だ。女性経験がないとは言え、もちろん女性に興味がないわけではない。だが、出会って間もない女性の甘言を鵜呑みにするつもりはない。すぐに体を使って誘惑しようとする女性に関わってもロクなことがないと相場が決まっている。
況してや、彼女は神職。神に仕える身でありながら、性に簡単に溺れるなどどうかしている。
「いえ、僕は」
「ウチ、暖房器具がなくて火鉢しかないんです。だから、私一人だと寒くて……。一緒に温まってくれると、助かるんだけど」
「僕で良ければ!」




