底辺陰キャの俺は彼女の前だけ髪セットする
「おい、こっちくんなよ。くそニキビ野郎が」
それは、ある日のお昼休みだった。
クラスの中のカーストトップの浅香日向の暴言だった。
「へへっ、くそニキビって言うのやめたれって」
「しょうがないだろ? だってニキビだらけなんだもん」
「確かに―!」
クラスメイトはそれを日常茶飯事としてそれを扱う。なんなら、それに便乗してくる。
それがあまりにも日常化しすぎて何かを言う気にもなれない。
言った後、どんな仕返しが来るかわかったもんじゃない。
ゆえに、今日も俺は便所飯だ。
「はぁ~。つらいな~」
もも裏に便器の冷たい感触を感じながら、静かにお米を食べる。
しょっぱい感覚を感じながらここ数日を振り返る。
最近の席替えで変なくじを引いたのがきっかけだった。
俺は一番窓側の最後列、いわゆる神席と呼ばれているところを引き当てた。
でもその周囲が問題だった。
俺の隣には優しくてかわいい後藤菜々美さん。前にはおチャラけてるけど、陰キャの俺にも話しかけてくれる紺野秀さん。色々と偶然が重なってしまった。
んで、事の発端は俺が教科書を家に忘れてしまったから、後藤さんに借りた次の休み時間だった。
「オイっ。テメェ、なに軽々と菜々美に話しかけてんだッ!」
「え、ちょっ。なに急に!」
トイレに行こうと、教室を出て言った直後だった。
待ち構えていたように俺の胸倉をつかみ、そうキレた。
「べっ、べつにいいだろ! 君たち付き合ってないんだから」
「ああん? つ、付き合ってるわッ!」
唾を飛ばしながら激昂した。
あの時の衝撃は忘れられないだろう。
それからというもの、後藤さんが俺に話しかけてくることはなくなった。紺野さんはかろうじて話しかけてくれたけど、以前のように楽しい会話はしなくなった。
あれ、なんか涙が。そんなことで泣いたらいかんだろうにポタポタポタ。
思わず出てきた涙を拭くと、急に尿意を催してきて、その場で排泄をすませる。
便所飯はこうゆうところが便利だよね。
「——では、帰りのあいさつを今日の日直さん、おねがいします」
「きりーつ。れい―」
ハァ。今日も何とか終わった。
特に学校ですることもないのでそのままバス停まで行く。
ちょうど、時間通りにバスが来たので、定期券を運賃台に乗せようとしたとき――
「――おい、どけどけ。これ逃したら部活遅れるんだよ!」
大急ぎで走ってきた浅香を含むサッカー部の面々が乗り込んできた。
そして、強引に俺を車内から引きずり下ろした。
その反動で尻もちをついて転んでしまう。
「っ痛って……」
そんな俺なんかはお構いなしにバスの運転手はドアを閉める。
通り過ぎる瞬間舌を出した浅香が見えた気がした。
「……いくら活動場所が別の学校だからと言ってもやりすぎだろ」
そう自嘲してもバスが戻ってくるわけでもない。
「げっ。このバス停過疎すぎないか」
時刻表を確認すると、次来るまで20分以上かかることが分かったので、しかたなく歩き出す。
幸運なことに、俺の家まではここから精々20分もかからない程度だ。
すぐ着くだろう。
家につくと、見知った靴があった。
妙だなと思いながら、リビングに入るとドぎついシンナーの匂いが充満していた。
「クサっ!」
「しつれいね!」
思わず苦言を呈すると、響いて来るのは聞きなれた声。
すると、頬をむっーとさせながら一人の少女が振り向いた。
「……今、メイクしてるんだからしょうがないでしょ?」
半分呆れた顔でそういう彼女は牧野詩音。俺の彼女だ。
初雪のような色白の顔にリタッチされた金髪と黒い目を持つ美少女だ。
「……また、マニキュア変えたの?」
「そう! みて! こんどは色入れずにツヤだけ出してみたの!」
鏡に視線を釘付けにしながら、コンシーラーを持っていない方を見せてくる。
手を取り、じっくり観察していると、
「……てか、はるき。今日、便所で飯食ってた?」
「今日ってか、毎日」
「だいじょぶ? うちが一緒に食べてあげようか? ほら、一人で食べると鬱になるっていうじゃん?」
「いや、大丈夫。詩音と食べてるの見られたらたぶん俺、殺される」
「いやどゆこと」
それには答えず、洗面台に向かう。改めて、ひどい面だ。
顔じゅうにできたニキビ。くしで梳かしてもまっすぐに伸びないくせ毛。
――はぁ。今日もやるか。
おもむろに、洗面台に屈み、水を出す。冷たい水が頭皮を襲う。そのまま、棚を開けて洗顔用品を取り出す。
泡で顔じゅうを満たす。この時だけ、自分が自分でないと実感できる。
――泡を流し、スキンケアをした後は、濡れた髪の毛を乾かす。
アイロンに電気をつけ、ヘアオイルを揉みこみ、コームで分け目の大体の位置を決める。
慣れた手つきで髪の毛を乾かす。
八割がた乾いたところで今度はアイロンに手を付ける。
「あっつッ!?」
間違えてプレートに触れてしまった。こんなことは日常茶飯事だ。
手でふーふーしながらすぐ冷水に指をつける。
感覚が戻ってきたところでダッカールを使い、2段に分けながらアイロンを入れていく。
十分に入れ終わったところで、ワックスで仕上げる。
振り下ろしながら、髪型を整えれば完成――!
鏡を見直すと、そこには先ほどのブサ男からそれなりのいい男にジョブチェンジしていた。
「——コンコン。しつれいしま……おっ。イイじゃん、かっこいいよ?」
ヘアゴムを取りに来た詩音が後ろから抱き着いてきた。
そのまま、化粧して隠した頬をぷにぷにと突かれる。
はい。実は僕、佐藤はるき。学校では猫かぶってました。
なんでかって? そりゃあ、詩音の彼女が俺だって知れ渡ったら詩音がかわいそうだからだよ。
「詩音。準備できた?」
「ちょっとまって、髪の毛結ぶから」
お気に入りのヘアゴムを手に取り、俺に体重を預けながら、髪の毛を結ぶ。
俺はさっきのお返しに、結んでいるところの詩音のほっぺたをむにむにと触る。
「ね~ぇ、やめてよ~。くすぐったいってば」
「や~だ」
甘えた声を出して見れば、結び終わった詩音がこちらを向いて、静かに目を閉じていた。
つられて口を近づければ、唇を合わせていた。
唇を離すと詩音が俺の胸に抱き着いて、
「だ~いすきっ!」
そう囁くのだった。
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「——んじゃ、行こうか?」
「うんっ!」
手をつなぎながら玄関を出る。ちょうど、両親は互いに出張に出かけているので、補導されるまでデートしようってことになったのだ。
そのまま、駅まで歩いていると、見覚えのある二人組に気が付いた。
「あれ、浅香じゃね?」
「たしかに……あれ、ななみって浅香と付き合ってたんだ……へぇ~」
「いや、俺は本当に付き合ってたのが驚きだな」
てっきり自分が好きだから話しかけるな、と言っていたと思ったが。
二人は一応手はつないでいるものの、どこかぎこちない。後藤さんの方が遠慮しているようだ。
すると、詩音がにやり、とたくらんだ顔をして俺の手を引っ張り、浅香たちの後ろにぴたっとくっついた。
「……ふふっ。そうなんだ……へぇ、おもしろいね」
「だろ? だから……で、――なんだな」
一見すると、それなりにうまくいってるような会話だ。
すると、詩音が息を吸い込み、
「ねえはるき! 私たち、付き合ってるんだよね!?」
びくっ、と前が動いた気がした。
俺はそれに乗って、
「うん! もちろん!」
「よかった!」
傍から見ればさぞかし奇怪なカップルに見えただろう。
だが、二人は振り向かなかった。
俺は詩音の手をくいっ、と軽く引き、足早に二人を置いて駆け出した――。
次の日の昼。
「――なあ、お前昨日俺たちを茶化しただろ?」
「なんのこと?」
浅香を中心とする陽キャたちに詰められていた。
その後ろには後藤さんが心配そうにこちらを見ている。
「すっとぼけるんじゃねぇっ! わかってんだよ! 昨日突然叫びだしたと思ったら、私たち付き合ってるんだよね、って。ふざけるのもたいがいにしろよっ?!」
「……この僕に? 彼女が? ないない」
詩音は一応彼氏がいるとは公言しているが、誰かはまだ特定されていない。
そもそも、今の状況で「やっぱ彼女いました。詩音さんとです」なんて言おうものなら本当に殺されかねない。
ただでさえ浅香から反感を買っているのだ。
「人違いじゃないですか? 例えば――僕とは似てもつかないような人だったり」
「……たしかに、俺が見たのはお前みたいな鳥の巣じゃなくてそれなりに流れてるやつだったな」
ほらきた、意識錯誤タイム。ここでやつの認識を変えさせるのだ。
その前に鳥の巣ってなんだよこら。人の髪の毛を鳥の住処にすんじゃない。
「——ん、でも、はるきって言ってたよ? それにはるきってこの学年に君しかいないはずだから……」
とんでもない茶々が後藤さんより淹れられた。
「たしかに、そうだったな! じゃあお前だな!? しっかり白状しやがれ!」
「そ、それじゃあこの学校にいないはるきさんなんじゃないですか?」
「――いや、でも制服もうちのだったし……」
あかん。八方塞がりだ。
変なとこまで見てやがるな、このカップル。
いや、後藤さんが優秀なだけか。男の方はただの脳筋だ。
「――さあ、しっかりと吐け!」
「あ、やめて。やめて!」
俺は、胸倉をつかまれ、顔に一発いかれようとしたとき、
「――ちょっと、佐藤はるきくん。いるかな? 委員会のことで話し合いたいんだけど」
誰かが訪ねてきた。声質からして女子生徒だろう。
そして、クラスの誰かが、
「ああ、ごめんなさい、今はるきは取り込み中で……」
「あっ、そう。分かったわ」
諦められたような声。浅香たちの「ざまあみやがれ」の顔が本当にムカつく。
「……だそうですので、お掃除お願いします。尾山先生」
「……なるほどね。こんなところでいじめが行われているとは。先生もわからなかったよーー。はっはっはっ」
良く響く低音。そして、視界が半分以上塞がれながらも見えるその巨体。
身長は190センチは優に届きそうな体躯。
みんなの恐怖症、学年主任尾山先生の登場だった。
浅香たちの顔が恐怖で青く染まっていく。
開いた口がふさがってないぞ。
「さて、逃げようとしても無駄ですよ? 先生が全部受け止めてあげるからね?」
「い、いや……これは、ですね……ただのお遊び、といいますか……」
「ほう、お遊び」
「そ、そう! こいつが格闘技やってるから殴ってくれって、言ってきたから……」
「……そんなわけないだろ?」
「へ、へっ?」
「これが攻撃を受ける体勢だというなら、先生を殴ってみてください。先生、全部受け止めますから!」
――もういいだろう。彼はちょっと頭がイっている。
いわゆる気狂い先生である。
浅香の手が緩んだところで俺はするっと抜け出す。
そして、手招きしている女子生徒の方に足を向ける。
眼鏡をした野暮ったい髪型の女子生徒だ。
「ごめんなさい。で、話ってなんですかね?」
「ちょっとここだと話しずらいから、場所変えない?」
「あ、いいですよ」
そして、小声で、「お弁当も持ってきてね」とささやいた。
俺たちは屋上に来ていた。
ほかの高校は屋上にそもそも行けない、という場所が多いらしいが、ここは幸運に解放されていた。
そして、今日は軽音部の発表会ということもあってか、誰もいなかった。
「――やーっとご飯にありつけるよぉ~」
「ごめんごめん。てか、俺のとこ来なくていいって言ったのに」
「えー? 無理。うち、はるきのことほっておけないよ」
「おっ、おう」
「なに? その顔。ちょっとおかしいよ?」
思いかけない一言に心を揺らしながら弁当を開ける。
「げっ」
「ん? どした……Oh……」
弁当にはなにも入っていなかった。
そりゃそうだ。親は出張なんだもん。遠隔で作ってくれるなんてないよ。
「んー、じゃあ~。ほら、口あけて?」
「えっ何々」
「お弁当ないんでしょ? だから、食べさせてあげようかと思って……もしかして、いらない?」
悲しそうな顔で卵焼きをつかんだお箸をフルフルさせる。
――頼むからそれはやめてくれ、落っこちそうで気が散る。
しかたがないし、ちょうど腹ペコだったため、口を開ける。
「はい、あーーん」
「あーん」
「……はーい。よーく食べれました~」
母性溢れる詩音。
思わず目を抑える。
「ふふっ、何泣いてんのよ。おかしー」
「このやろう」
「あ、ちょ……」
俺はお箸を奪い取って、ブロッコリーをつかみ、詩音の口に持っていく。
「はい、あーん」
「えっ、やってくれるのっ?!」
「いいから口開けて」
「あ、はい。あーん……?」
俺はあえて、房の方だけを口に入れさせた。そして、茎の方は――
「じゃ、いただきまーす」
シャキッ、と瑞々しい音が景気よく響く。
茎にかぶりついたことで、ほぼ、キスしている体になった。
「んっ……ぷはっ。……ちょっと、キスしないでよ」
「ごめんごめん。その容姿も可愛かったからさ」
見つめ合って、へへへ、と大笑いする。
――今日は、珍しく、楽しい一日だった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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