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凡人冒険者カゲルの日常系ダンジョン冒険日記 〜通りすがりのスゴイ人たち〜  作者: 二天堂 昔


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第4話『通常攻撃って何?』


岩陰は――冷たい。


俺の背中を通して、蒼白い石の冷気がじんわり染みてくる。だが今はそれがいい。

(もうここが俺の終の住処で良い……

 ここから一歩も動きたくねぇ……)

だって目の前では――

蒼い炎をまとったケルベロスが三つの喉を震わせて吠えている。


ゴウウウウッ!!

(あれに見つかったら一秒で炭!!

 いや見つからない位置を死守する!!)


だが三人はというと――

武蔵は静かに木刀を握り、

にすけは落ち着きすぎて無表情、

フィリーネは弓をくるくる回してテンション高め。

(なにその余裕!?

 お前らほんとに何者なんだよ!?)


次の瞬間、にすけが一歩前に出て、

「味覚の絶対領域よ、ヤツの弱点部位を示せ」

と静かに口にすると瞬間、空気が一度だけ震えた。

その震えを合図にしたかのように、ケルベロスの蒼黒い毛並みに――赤い光が突然走る。


(な、なんだ……あの赤い光は……?)

蒼炎に照らされた巨大な三つ首の影が揺れた直後、俺の目に信じがたい光景が飛び込んできた。

まず、中央の顔の眉間に、まるで誰かがそこを“選んだ”かのような赤の一点が灯る。


続いて、左の顔には鼻先がチカッと光り、右の顔では顎の下に小さく深い赤が浮かび上がる。

さらに、ケルベロスが踏み締める前脚――その膝の両方に赤点が。


(ちょ……ちょっと待て……なにあれ……?

 なんなんだあの赤い点は!?

たしか弱点部位を示せとかなんとか言ってたような......)

悪夢の魔獣の体表に浮かんだ光は、それだけでは終わらなかった。

三つの頭の中心を結ぶように赤が走り、首元を通り、そのまま胸へ――さらに腹の深くへと滑るように伸びていく。


一本の線が入った、というよりは、巨大な獣の身体がその線に沿って“分けられる未来”を突きつけられたような……そんな不気味な感覚だった。

蒼炎のゆらめきの中で浮かび上がる赤い点と線が、これから起こる恐ろしい現実を予感させた。

理解できない。

理解したくもない。

でも、確実に“効く”場所だけが選ばれている感じがする...

(やだ……怖い……

 こんなの、俺じゃ一生分からない世界じゃん……!

 にすけ……お前いったい何が見えてるんだよ……!?)


ケルベロスが吠えた。

だがその吠え声よりも、俺には“赤い点と線”のほうが恐ろしく背筋を凍らせていた。

だがそれも束の間、さらなる驚愕が続くことになる――!


にすけが浮かび上がらせた赤い点。

それをフィリーネの視線が静かに捉えた瞬間――

彼女の両眼が深紅に染まった。

空気がひりつく。


「紅印必中眼!」


その声とともに、赤い点は光を帯び、

まるで生き物のように震えながら“印”へと変わった。

例えると魔法陣のような物が赤い点と置き換わっていた。

(カゲル視点)

(おい待て……何をしたんだ今……!?

 赤い点が魔法陣みたいに……なんか“捕まえた!”みたいな感じになってるんだけど!?)


フィリーネが弓を引く動作をする。

だが物質的な矢は番えていない。

そこには、風が指先に吸い寄せられるように集まり、周りの空気が圧縮され形を得て渦巻きながら一本の風矢へと変わる。

一本。

引く。

撃つ。

放つ音すら消えるほどの速度で矢が消えた瞬間、

フィリーネはすでに次の一本を創っていた。

二本目。

三本目。

四本目。

五本目。


(嘘……だろ……?

 なんだよあの速さ!?

あれってもしかして...スキルでも魔法でもなく……ただの通常攻撃!?)


弦を引く動きにも魔力の揺らぎはない。

息が乱れることもない。

フィリーネにとっては本当に“普通に矢を放っているだけ”。

ただし常人とは

普通の基準がまるで違う。

そして矢はすべて――

微塵の迷いもなく、必然のように、刻まれた“紅印”へと向かう。


中央の眉間へ一本。グサッ!

左の鼻先へ一本。ドスッ!

右顎の下へ一本。ズバシュッ!

前脚の膝へ二本。ドスッドシュッ!

矢が吸い込まれていくたび、

紅印が光を散らし、衝撃が肉の奥へ突き刺さる。


そして――

「「「グギャオオオオオォォォッ!!!」」」

ケルベロスの三つの喉が同時に悲鳴をあげた。

蒼炎が揺れ、迷宮の空気が震える。

まるで獣自身が理解したかのように。

“逃れられなかった”という事実に、絶望の声を上げるように。

五つの矢が突き刺さった部位からは血はこぼれず、

ただケルベロスの巨体がぐらりと揺れ、力が抜け落ちていった。

その姿を、俺は岩陰に隠れてただ呆然と見つめるしかなかった。


(……すげぇ……

 いや、すげぇを通り越して……むしろ怖い……)

風が止むまでのほんの一瞬。

だがその一瞬で――

戦いの流れは完全に決まった。

俺は言葉を失う。

(……ま、まじかよ……

 フィリーネさん……

 絶対普通のエルフじゃない……!!)


紅印が光を失う頃には、

ケルベロスの五つの急所すべてが貫かれていた。

ただの通常攻撃。

ただの連射。

だが――俺の中の常識はその場で静かに崩れ落ちていた。


フィリーネの五本の風矢が五つの紅印を正確に貫き、ケルベロスの三つの喉が絶望の叫びを上げた。

その直後だった。

武蔵が赤い“線”の起点に立ち、ほんのわずかに呼吸を整える。

そして静かに言った。


「――整った」


その一言は、戦闘の宣言でも、必殺の合図でもなく、まるでよく口にする口ぐせを呟くのと同じような日常の声だった。

だが次の瞬間、漆黒の大刀と小太刀が迷いなく動く。


大刀が“断ち”、

小太刀が“縫い”、

再び大刀が“払う”。

スッ……。

スッ……。

スッ……。

音がない。

風さえ動かない。

体の向きがほとんど変わらないほどの最小動作。

ただ二本の黒が赤い線に吸い込まれるように走った。

――それだけだった。

ケルベロスの巨体が、決められた形のまま左右に割れ、血も音も出さずに崩れ落ちていく。


(な、なに今の……!?

 普通の剣士の斬撃じゃねぇぞ……

 “線に沿って物体を分けただけ”みたいな……

 武蔵……本当に人間なのかよ……?)

岩陰で恐怖に震えながらその様子を凝視している俺。

武蔵はゆっくりと木刀を納めた。

動きに一切の乱れはない。

呼吸すら変わらない。

まるで散歩の途中で小石をどけただけのような表情で、武蔵は言った。


「……今のは通常攻撃だ。全力の一割にも満たんがな」


カキーン!(※カゲルの心臓が止まりかける音※)

(ちょ、ちょっと待て待て待て待て!?

 今のが一割ぃ!?

 じゃあ本気出したらどうなるんだよ!!

 魔獣どころか迷宮ごと斬っちまうんじゃねえの!?)

武蔵は蒼炎が消えた空間を見渡し、

静かに続ける。

「迷宮は良いな。強さを試せる。

 鍛錬の成果を確かめる場として、これほどの場所はない」

(いや違う!

 みんなは命がけで潜ってんの!

アンタ一人だけ“練習場”にしてんの!!)

武蔵の横顔には、恐怖も興奮もない。

ただ剣士としての静かな喜びがあった。

迷宮は、武蔵にとって戦場ではなく“鍛錬の成果を試す場”でしかなかった。


(俺……ここにいて本当に大丈夫……?

 命がいくつあっても足りねぇんだけど……

 いや……でもすげぇ……

 すごすぎるよ……

 なんなんだよ、この通りすがりのスゴイ人たちは……?)


武蔵にとってはただの一振り。

ただの“通常攻撃”。

だが――

カゲルには、一生忘れられない光景となった。


フィリーネとにすけは、武蔵の後ろでこっそり声を潜めた。

「……ねぇ、にすけ。

 いまの武蔵のあれ、本気じゃないの……?」

「ああ、もし本気だったら迷宮が形を保てねえんじゃねえの?

 ほら、武蔵って手加減が“常識外れに上手い”だろ?」

「うわぁ……やっぱそうなんだ……

 さっきの斬り方、線に吸い込まれていくみたいで……

 なんか普通に怖かったんだけど?」

「怖いよ。だってあれ、特別なスキルとか技とかじゃなくて、単純にあいつの技術、てか通常攻撃のひとつだからな。

 “鍛錬の成果”ってやつ」

「……鍛錬の成果で迷宮が割れるの……?」

「割れるね」

「やだその冷静な返事!」

フィリーネが身を震わせ、

にすけは苦笑しながら肩をすくめた。


カゲル(あの二人……怖がってる様子だけど、俺からしたらアンタらも大概だからな!!

 いや、まったく...この三人の常識おかしいだろ!!)

武蔵はというと、

崩れ落ちたケルベロスの残骸を眺めながら木刀を軽く振って余韻を確かめていた。


だが、そこで――

フィリーネが斬られたケルベロスの死体に近づき、眉をひそめた。

「……ねぇにすけ。これ……なんか変じゃない?」

「ああ、気づいたか。違和感あるな。

 普通なら血が出る。

 でも……“形がほどけてる”だけだ」

武蔵も視線を落とし、わずかに首をかしげた。


「たしかに。質感が軽く手応えが薄い。

 本来のケルベロスとは違うと見た。」

(か、かるい? う、うすい……?

 いやいやいや、ケルベロスってもっと……

 こう……重くて強くて……

 迷宮災害の象徴みたいな存在だろ……!?

 なんで“薄い”なんて感想が出てくるんだよ!!)


にすけが膝をつき、断面を指で押してみた。

弾力はなく、形が戻らない。

まるで“張りぼてから空気を抜いた”ような、妙な軽さがあった。

にすけ「……これ、“擬態”だったのかもしれないな」

フィリーネ「擬態……?」

にすけ「本来のケルベロスじゃない、ってことだ。

 魔核が暴走して作る“仮の肉体”の可能性がある」


(な、なにそれ……!?

 じゃあさっき襲ってきたケルベロスって……

 本来の姿じゃないっていうのか!?

 どうりで血も出ないはずだよ!!

 って、え、じゃあ本物はどんだけヤバいの……?)


フィリーネがさらに近づき、

死体の表面をそっと撫でた。

その瞬間――

ピクッ。

死体の尾が、わずかに動いた。

(えっんなっ……!?

 動いた!? 動いたよね今!?

 おいおいおいおい、まだ生きてんのかよ!!)

フィリーネが後退りした。

「ちょ、ちょっと……生きてない? これ……!」

にすけが静かに息をのむ。

武蔵は木刀を軽く握り直す。


そして、死体の中央がゆっくりと膨らみ――

むく……。

黒い小さな影がゆっくりと姿を現した。

三つの小さな黒い頭、

丸い瞳、ふわふわの毛並み。


「……キャンッ!」

(…………ケル……ベロス……?

 いや、ちっちゃ……

 なにあれ……チワワみたい……?

 え?……か、可愛い……!!

 いやいやいや可愛いさに騙されるな!!

 魔獣だぞ!? いや、魔獣だよな!?)


第二層の静寂の中、

三人と岩陰の一人が同時に目を疑った。

蒼炎のケルベロスは――

死んでいなかった。

ただ“本来の姿”を取り戻しただけだったのだ。

その姿を見て、

俺の混乱は頂点に達した。

(俺……もうついていけない……

 なんなんだよこの世界……!!)


つづく!



✦ 第4話・あとがき ✦


ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。


第4話では、

ケルベロス戦のクライマックスとして

武蔵の「整った」という一言と、

フィリーネの常識外れな弓、

そしてにすけの“味覚の絶対領域”が一気に噛み合いました。


……が。


一番混乱していたのは、

間違いなく 岩陰のカゲル だったと思います。


彼だけは終始、

「え?」「なんで?」「それ通常攻撃?」

と、読者の皆さんと同じ目線でこの戦闘を見ていました。


この物語は、

強者が無双する話であると同時に、

凡人が“理解できないものを理解しようとする話”

でもあります。


だからこそ、

カゲルの心の叫びや違和感は、

この先もずっと大事にしていきます。



さて、少しだけ裏話を。


今回のケルベロス戦は、

漫画で描くことを強く意識して構成した回でもあります。


・赤い点と線

・フィリーネの連射

・武蔵の静かなる斬撃

・血が出ない“不気味な決着”


これらは、

文字で想像するのも楽しいですが、

絵になると一気に印象が変わるシーンでもあります。


実はこの作品、

現在 Kindleにて漫画版 も展開しています。


「文章で読んでいたあの場面が、

 こういう動きだったのか」


そんな楽しみ方をしてもらえるよう、

漫画版ではテンポや表情、間の取り方を工夫しています。


※詳細は作者プロフィールからご覧いただけます。



次回はいよいよ、

「倒したはずのケルベロスが……?」

という、少し空気の変わる展開です。


強さの話から、

違和感と謎の話へ。


そしてカゲルの人生が、

また一段おかしな方向へ進み始めます。


ここまで読んで「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


それでは、

次話もよろしくお願いします。


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