第2話 『俺の尾行スキルを舐めるなよ問題』
迷宮・第一層。
――ヒュゥ……。
冷たい風が石壁をすり抜け、
湿った苔の匂いが鼻の奥に張りつく。
足音が**コツ……コツ……コツ……と反響する。
俺のじゃない。
前を歩く三人の足音だ。
俺は離れすぎず、近すぎず――
絶妙な距離を保ちながら尾行する。
(……俺の尾行スキルを舐めるなよ……)
ただの好奇心じゃない。
冒険者としての危機感だけでもない。
――あの三人の背中を見た瞬間、
胸の奥で何かが“掴まれた”。
理由はわからない。
だが確かに、俺は“選んだ”。
追う、という選択を。
柱の影で息を小さく吐く。
ス……ッ。
そして耳を澄ませる。
◆ 盗み聞き――会話
料理人らしき男:「……迷宮が荒れてやがる。魔物の動き、昨日までとは違うな。」
ゴッと地面が微かに揺れる。
遠くで魔物同士の咆哮のような音が響く。
(迷宮が“荒れる”?どういう意味だ……?)
エルフ娘:「風も重いわ。……第二層、いや――もっと奥から来てる。」
ヒュォォ……風が足元を撫でる。
その風ですら、妙にざらついていた。
(“奥”ってなんだ……二層の先にもまだ脅威が続いてるってこと?)
裸足の剣豪:「……芯が揺らいでおるな。あれは修復ではないと見る。」
低い声が空気を震わせる。
(うん、意味わからん……なのに……妙に納得してる自分が怖い。)
三人の声は落ち着いていた。
だがその言葉の奥には、
俺が知らない景色を越えてきた者だけの静かな重さがあった。
◆ 魔物の気配
前方からズズ……ズチュ……と湿った音。
スライム5匹、ゴブリン2匹。
不快な音を立てながら現れる。
俺の喉がゴクリと鳴った。
(戦闘だ……!)
だが三人は止まらなかった。
むしろ――歩幅も呼吸も変わらない。
次の瞬間。
シュッ
パキンッ
スッ……!
ドサッ、ドサッ、ドサッ……。
魔物たちは崩れ落ち、
最後にスライムがぷしゅう……と溶けて消えた。
俺は瞬きを忘れて立ち尽くす。
(……なんだ今の……?
動きが……見えなかった……)
剣も魔法も、残像すらなかった。
ただ――
“結果だけが残った”。
迷宮の空気すら、
三人の通り道を避けているように見えた。
◆ 名前が判明
エルフ娘:「……武蔵。第二層も行くでしょ?」
武蔵(裸足の剣豪):「うむ。」
料理人らしき男:「どうせ行くなら奥までだな。フィリーネ、準備はいいか?」
フィリーネ(エルフ娘):「誰に言ってるのよ、にすけ。こんなの準備運動にもならないわよ。」
三人の名前――
武蔵。
フィリーネ。
にすけ。
短いのに、音が胸に残る。
(名前を知ったのに……距離が縮まらない。
それどころか――遠く感じるのはなぜなんだろう。)
◆ 第二層――境界
数分後、上に上る階段が現れた。
第一層より黒く魔素がもわっ……と染み出している。
三人は1ミリも迷わず上り始める。
俺の胸がドクッ……ドクッ……と跳ねる。
不安感、恐怖心、いや、これは――本能の警告だ。
(行くべきじゃない……今ならまだ引き返せる。でも……引き返したくない……)
大きく息を吸う。
スゥーーーー……
……ハッ。
階段を一段上がるたび、空気が重く、濃くなっていく。
迷宮第二層が近い。
そして――
俺はようやく理解する。
(……あぁ。
俺の尾行スキルを舐めるなよ、なんて思ってたけどそれどころじゃない。
問題なのは、
――生き残る事を目標にしてた俺が、いまは命懸けの追跡をしてるって事だ。
まったく、俺の平凡な日常、どこ行っちまったんだよ。)
つづく
================
◆ あとがき ◆
作者:二天堂 昔より
第2話をお読みいただいた皆さま、誠にありがとうございます。
カゲルの“尾行スキル”は、本人が思っている以上に
この物語の核心へと近づく鍵になっています。
ただの凡人シーフが、なぜか強者三人の背中に
吸い寄せられていく理由は、今後ゆっくり明らかに——
…なる前にもっと巻き込まれます。ご安心ください。
ちなみに今回の尾行シーン、
文章と漫画では印象がちょっと違う部分でもあります。
迷宮の暗さ、三人の気配の異様さ、
カゲルの慌てっぷりなどは、
漫画版だとより“生きた空気”として見えるように描いているつもりです。
もし興味があれば、Kindleインディーズ漫画にて
『凡人冒険者カゲルの日常系ダンジョン冒険日記』
と検索していただくと、漫画版(無料)が読めます。
小説は“内心と違和感の深堀り”、
漫画は“迷宮の臨場感とカゲルの顔芸”と、
それぞれ違った楽しみ方ができるかと思います。
次回、第3話では迷宮第二層へ。
カゲルの胃痛はさらに加速していきますのでお楽しみに。
二天堂 昔




