第1話『これが俺の日常ですけど何か?』
まず最初に言っておく。
ここはラザニア王国の最大拠点、迷宮都市ダンジョニア。
新鮮な空気?静かな朝?そんなもの、この街にはない。
――爆発音で朝が始まる街。
ドドォオオン......!!!
窓を開けた瞬間、地面がわずかに振動。
俺は固すぎるパンに歯を立てながら、遠くの煙柱を見る。
「……今日の爆発は火属性。しかも失敗型。たぶん初心者魔術師」
分析できてしまう自分が切ない。
でも、これがこの街の日常だ。
俺の名前はカゲル。十八歳。凡人シーフ。
冒険者ランク:地味の極み。
ギルド評価欄にはこう刻まれている。
《生存率だけは異様に高い》
褒められてるのか微妙だが……まあ事実だ。
俺にはスキルも武の才能もない代わりにたったひとつ、頼れるものがある。
それはその場の違和感を誰よりも敏感に感じ取る感覚。
「なんとなく変な感じがする」とか「ここの地形はヤバい」とか本能が違和感を教えてくれる、俺専用の生存本能。
これを俺は違和感センサーと呼んでいる。
そして俺は今日もギルドで依頼を探す。
「採取、採取……犬探し……採取。はい俺向け」
派手な戦闘もドラゴン退治も無縁。
凡人冒険者の現実なんてだいたい薬草むしりと探索と雑用だ。
……それでも。
本当は、一度でいい。
英雄譚になるような“かっこいい冒険”ってやつをしてみたい。
そう思いながら掲示板を離れた――その時だった。
ズゴゴゴォォオオオン......!!!
ギルド全体が揺れ、どこかで警鐘が鳴る。
《フロアブレイク発生!
高位魔獣が低層に出現!ただちに避難を――》
「いやいやいやいや!!なんで今日!?俺採取だけなんだけど!?」
冒険者たちが混乱し、出口に殺到する。
俺の違和感センサーが全力で叫ぶ。
(……今日、生き残れる確率、低い)
今日は諦めるか――
そう思ったその瞬間。
人混みを逆に進む三人の影が視界に入った。
一人目の男。
腰に差された黒光りする二本の木刀。
それだけで、ただ者じゃない空気が漂う。
深い森の影のような深緑の胴着を纏い、無駄のない筋肉が布越しに静かに主張していた。
髪は長く、艶のある黒。
それをただ後ろで、無造作にひとまとめにしているだけなのに――妙に絵になる。
そして何より異様なのは、裸足であることだ。
迷宮都市の石畳の上を歩いているはずなのに、足音がまったくない。
まるで彼だけが世界から音という概念を切り離されたかのようだった。
すれ違ったわけでも、睨まれたわけでもない。
ただ、視界に入っただけ。
それだけで、背筋が自然と伸びる。
呼吸が浅くなる。
心が――静かに正座する。
理由なんていらない。
そこに立っているだけで、“格”の違いを思い知らされる、そんな背中の男。
二人目の男。
料理人と思われる彼は静かだった。
深い余裕と、熟れた技を持つ者だけが纏う独特の雰囲気。
着物の胸元には、迷宮素材で造られた銀糸の紋様が縫い込まれ、
それはただの装飾ではなく、魔力を受けて微かに呼吸するように脈動している。
腰に下げた革製の調理道具袋。
そこからわずかに見えるのは――
包丁。
ただの刃物ではない。
柄は使い込まれ、刃は魔力を帯びて淡く光り、それが露出していなくても周囲の空気に“切れる”緊張感を与える。
それなのに、彼の動きはおそろしく柔らかい。
歩くたび、袖口や帯から懐かしく温かい香りがふわりと漂う。
この世界には存在しないはずのその香りに、人々は理由もなく振り返り、ほんの一瞬――心を掴まれてしまう。
表情は優しいが目つきは鋭い。
そしてその瞳は、
“食材の解体工程を、一瞬で思い描く目”。
生きているものの骨格、肉の厚み、関節の可動。
対象を見るだけで、最も効率の良い切断ラインを理解してしまう目だ。
怖い。
なのに、なぜか――安心する。
「任せろ。どんな素材でも、俺が活かす。」
声に出していないのに、
そう言われた気がしてしまう匂いと気配を纏う男だった。
そして三人目。
金髪ツインテールの――エルフ少女。
ただ可愛いとか綺麗とか、そんな単語じゃ足りない。
彼女の身に纏うのは、翡翠色の軽装鎧。
陽の光を受けるたび淡く輝き、まるで風が鎧の表面を滑っているかのようだった。
両腰には短剣よりわずかに長い、細身の双剣。
抜かれていないのに、そこから漂う鋭さに肌が粟立つ。
そして背中には――
風そのものを象ったような美しい意匠の緑色の弓。
蔦や羽根を思わせる装飾が施され、紋様が淡い光を放つたび、周囲の空気が微かに揺れる。
まるで弓の方が彼女に選ばれ、「速く、遠く、必ず射抜く」と誓ったかのような存在感。
歩いているだけなのに、風が彼女を中心に旋回し、髪とマントをふわりと揺らしていた。
この3人を見た瞬間。
俺の心が跳ねた。
理由はわからない。
怖いとか危ないじゃなく――
“ああ、こういうのが本物の冒険者なんだ”って思ってしまった。
胸が熱い。
呼吸が浅い。
足が前に出そうになる。
そして――エルフと視線がぶつかってしまった。
「……アンタ。さっきからなに見てるのよ?」
声は軽いのに、空気が俺の首を掴むみたいに冷たい。
「えっいや見てたけど見てないというか違うけど違わないです!!(混乱)」
すると少女は――わずかに笑った。
「ふん、アンタ変なヤツね。死にたくないなら付いて来ない方がいいわよ」
心臓が跳ねた音が、自分で聞こえた気がした。
彼らは歩き出す。
迷宮へ向かう一本道。
その背中は――迷いがひとつもない。
俺は気づいたら、口にしていた。
「……な、なんなんだよあいつら...
気になり過ぎる......!!」
気づいたら、追っていた。
足が勝手に、未来へ進んでいた。
怖い。
でも――それ以上に。
強烈に、憧れてしまったんだ。
俺は凡人だ。
才能なんか無い。
けど――
あの“通りすがりのスゴイ人たち”を見てみたい。
たとえ無謀でも。
たとえ死にそうな目に会ったとしても。
胸の奥が叫んでいる。
――ここから俺の物語が始まるかもしれない、と。
気付いたら俺は三人のあとを追って走っていた。
――つづく。
(※生存努力中)
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◆ あとがき ◆
作者:二天堂 昔より
ここまでお読みいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
この物語が生まれたきっかけは、
「もし自分が凡人のまま迷宮に放り込まれたら?」という、
昔から抱えていた素朴な疑問でした。
勇者でもなく、強者でもなく、地味な十八歳の普通よりやや劣る凡人シーフ。
その“普通さ”の中にこそ、
迷宮の怖さや、仲間との距離感、日常の小さな発見が
いちばん鮮明に描けるのではないか――
そんな妄想から、この作品は動き始めました。
そしてもうひとつ。
文章だけでは表現しきれない臨場感や表情を描きたくて、実は『漫画版』も制作しています。
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迷宮の空気の重さ、フロアブレイクの脅威、
カゲルの表情の細やかな変化など、
文章とはまた違った角度で楽しめるかと思いますので、興味を持っていただけたらぜひ覗いてみてください。
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無料で読めますのでまずは軽い気持ちで覗いてみてください。
今後も、カゲルの“地味だけどどこかクセになる日常”を楽しんでいただけるように、少しずつ物語を紡いでいきます。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。
二天堂 昔




