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第六話 終話

 静けさの中に虫の声が響く。それが、夜の公園の不気味さを増させていた。

 月明かりに照らされる広場には、若菜の言った通り卯崎の分家の者たちが倒れていた。


 息はある。しかし、しばらくは動けなさそうだ。


「無闇に殺しはしないんだな……」

「うちが狙いやろうからな。他の家からはできるだけ恨みを買いたくないんやろ」

「若菜は相手の正体に気がついてるのか?」


 その質問に、後方についてきていた若菜の手が震えた気がした。耳に近い呼吸の音が、細かく揺れているような気がする。


「多分……ううん、ほぼ確信してる」


 その答え合わせをするように、周囲が暗闇に包みこまれた。まるで闇の竜巻のようだ。

 風圧で自身の白い髪が巻き上がる。


──子豆の生き残りを渡せ! そしたら、お前は傷つけないでおいてやる。


 脳内に響くのは、典型的な脅し文句。しかし、裏から感じるのは、圧倒的なドス黒さ。

 そんな相手に、若菜を渡すわけがない。


 柄を握り、刀を鞘からゆっくりと引き抜く。


「若菜はオレのものだ」


 静かに言い放った言葉に反応するように、服を掴んでる若菜の手に力が入る。彼女の呼吸の温度が上がり、どこか熱を帯びてきてるような感覚さえある。


──笑わせるな。お前は“今は女だろ”?


「だから、なんだ? そんなこと関係ないだろ」


 風に巻かれた闇が、鋭く貫こうと近寄った。しかし、葵は正確に斬り落とす。

 振り降ろした刃に、意識を向ける。赤い瞳が陽炎のように揺らめく。


「若菜は渡さない!」


 言葉を発すると同時に、闇を何回も斬りつけていた。月明かりが漏れ入り、霧散する。


「バカめ!」


 直後現れたのは、五メートル以上もあるかという巨大な猫。

 葵の体格よりも大きく筋肉で盛り上がってる腕を、躊躇なく振り下ろしてきた。


「……くっ!」


 刀で受け、火花を散らす。足が地面にめり込むほどの体重をかけられる。

 刀身が軋む音ような鳴っていた。腕も痺れ、徐々に押し込まれていく。


「子豆家の小悪党なんて放っておけばいいものを! そしたら、お前は死ななくてすんだんだよ!」

「……っ」

「見てみろ、今なお子豆家は何をする? お前が苦しんでるのを見てるだけだろ! 今も昔も変わってないんだよ! “猫を騙したときからな”!」


 刀に流す霊力を維持しようと堪える。纏った赤い炎は、仄かに揺れた。

 正直な話、格が違う。母なら倒せただろうが、今の葵には対抗するほどの力はない。


「あ、はははははは!」


 そんな葵から離れて、若菜は笑っていた。


「ほら見たことか! 子豆家は生涯そうやって生きてきたんだよ!」

「……せやな子豆家はそうやって生きてきた。情報を食い物にして、他者をだまして、時には他家を利用して生きてきた。それが子豆家や」

「……わか……な?」


 若菜が笑みを消した。指笛を吹く。

 たちまち眷属である百匹の鼠が、彼女の周りに集まっていく。おぞましい大群は、隊列になって大猫を睨見上げていた。


「けどなうちは違う」


 若菜が指をさす。それを合図に、鼠たちは一斉に大猫の足を登り始める。

 齧る音が聞こえ、悲鳴が上がり、毛や霊気が飛ぶ。


「うちは“子豆家”やない。……私は“卯崎家”の若菜だ!」


「小癪なぁぁぁぁぁあ!」


 大猫が鼠を振り払おうと腕を上げる。その瞬間を葵が見逃すはずがなかった。

 首元を正確に狙い、斬り飛ばす。月明かりに照らされた猫の身体は、地面へと倒れた。


 転がった猫の頭が、こちらを恨めし気に睨んでいる。

 しかしそれも束の間、塵となって空気の中に溶けていった。


 役目を終えた鼠たちは、倒れている分家たちの近くに寄っていく。そして丁寧に運び始めた。


「……葵」


 月明かりを背に、彼女は悪戯っぽく笑う。


「責任取ってや?」


 その表情を見た瞬間、自分は大変なことを口走ってしまったと自覚する。



※※※※※※※※※※



 事件は一旦の収束を見せた。幸い、死人は出ていなかった。

 あれからの調査報告によると、あの猫は猫前ねこのまえ家の残党だという。昔、子豆家の情報に騙されて、滅びた一族だ。

 滅びた経緯は可哀想だとは思うが、それは今を生きる若菜には関係ないと葵は思う。


 カーテンから差し込む陽光によって、いつもの部屋で目を覚ました。何だか体がやけに重い。

 ふと、下を見てみると、布団が膨らんでいた。


 眠気でぼやける頭をなんとか働かせながら、布団をめくる。そこには葵の胸に顔を埋める若菜の姿があった。見事な弾力を枕にしてる彼女はとても幸せそうに眠ってる。


 状況を整理することができなくて、葵は固まった。

 

 少しすると、彼女が目を開ける。

 視線が合うと、幸せそうにほほ笑んだ。


「おはよう、葵」


 どこか優しげな声は、あのエセ関西弁を使っていた強気な若菜とはえらい違いだ。


「あの……何で俺のベッドで寝てはりますのん?」


 どうにも理解することができなくて、葵の口調がエセ関西弁になってしまった。


「なんでって私、葵のお嫁さんだし」

「……い、いやいやいや。まだ高校生だよ? 俺たち?」

「もう生涯は決まってるものだから、良いの」


 そうやって言うと、嬉しそうに抱きついてきた。


 直後──


「おはよう! 葵ちゃーん! 起きる時間よ、今日は遅いわね〜?」


 母親がノックもせずに部屋に入ってくる。そして、葵と目が合うと、動きを止めた。

 口を抑えて「あらまぁ」と声を漏らした。


「朝から元気なのね! 私、余計なことしちゃったわぁ……ごゆっくり。おほほほほほ」


 ゆっくり閉められていくドアに、葵は「違う!」と叫ぶのだった。

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