第五話
暗い夜道。若菜は葵の少し先を歩く。
朝の霊力蟲事件の犯人を探すために周辺を見回ることにした。
理由は若菜が狙われているからだ。彼女が卯崎家の敷地内にいる限りは犯人は出てこない。そう若菜が推測した。
そして出た結論が、若菜自身を外に出して囮に使うこと。その過程で霊力蟲を探しながら犯人の力を削ぐこと。
分家の人間も同時に地域内を見回っている。しかし、若菜を守るのは葵一人である。
母親が、自分の嫁くらい自分で守れと押し付けてきた。
目の前を歩く葵は少し鼻歌気味だ。生えてるネズミの尻尾が、左右に揺れている。こっちの気持ちも知らないで、どこか嬉しそうだ。
そんな様子に、小さくため息が出る。
『あんまり浮かない顔すんなや』
いつの間にか肩に登っていた若菜の鼠が、いつもの偉そうな若菜口調で話しかける。
「誰のせいだと思ってるんだよ……」
『ええやんけ。女の子が覚悟を決めて告白したんやで? それを受け止めるのが、男ってもんやろ?』
気がつけば若菜はこちらをチラリと見つめていた。頬を真っ赤に染めてから、潤む瞳を向けている。
視線がぶつかると、慌てて前を向いて歩き始める。
「受け止めろって……そんな急に整理できるかよ」
その言葉を放った瞬間、若菜の足取りはピタリと止まる。
振り返り、つかつかとこちらに近づいてくる。そのまま葵の顔をのぞき込むように腰を曲げた。
頬を膨らませてる彼女に対して、そんなキャラだったかと考える。
「ほんっと、葵って女心わかっとらんな!」
「嫌だって男だし!」
「やかましい! こんな無駄乳をつける男がいるか!」
またしても胸を鷲掴みにして、捻ってくる。
これほど理不尽な目に遭えば、もう泣いても許してくれるかもしれない。
痛がっている葵に「ふん!」と鼻を鳴らすと、足早く先を歩く。
そんなとき、霊力蟲が通った。別の霊脈に向かっている。
「若菜!」
「わかっとるわ!」
駆け出した若菜の後ろについて、葵は走り出した。
「ほんま、情けないなぁ……」
「……し、仕方ないだろ!」
脇腹を痛めて肩で息をしている葵。呼吸に合わせて上下する大きな胸が重たさを強調する。そんな葵を見下ろして、若菜は大きくため息をついていた。
「そんな無駄肉あるからやろ? 削げ!」
「そ、削げるか!?」
というか葵の本音では、削げるものなら削ぎたい。毎回走るたびに弾んでしまって痛い上に邪魔にしかならない。
そういえば母も体格の割には胸が大きかった。これは完全に遺伝だなとから笑いが漏れる。
「それで、どうなんだ?」
「……“鼠たち”に探らせてるけど、状況はあんまり良くないなぁ」
「詳しく」
現場周辺では、黒装束を着た兎耳と尻尾をつけた女性たちが倒れているらしい。完全に分家の者たちでは相手になってない。
しかし、そのうえで母親が動いていない。つまるところ、すべて葵に任せるということだろう。
大きくため息をつきながらしゃがみ込む。
当主の責任がこんなに重いものだとは思わなかった。今の今までは本当に蚊帳の外だったんだなと思い知る。
その様子を見て、若菜が少し喉を鳴らした。
「足広げてしゃがみ込むなや。パンツ見えてるで」
「んあ……? どうせ、お前しか見てないだろ?」
「そういうこと言ってるんちゃうねん! もし、わたし以外に見られたら嫌だから……」
最後の方はなんて言ったか聞こえなかったが、どこか泣きそうな顔で睨んでくる。
あの若菜の告白以来、どうにも調子が狂ってしまって仕方ない。
後頭部をかきながら、葵は立ち上がった。
大きく深呼吸をして、伸びをする。刀を握って「よし」と呟く。
「若菜は平気か?」
「……何がや?」
「いや、隠れてる方が良いだろって思って」
その言葉に一瞬笑顔を見せたと思えば、すぐに複雑そうに表情を歪める。下唇を噛んでから、葵の服の裾を控えめにつまむ。
これ、完全に男と女なら絵になっている構図だが、今の葵は若菜よりも背が小さい。端から見たら迷子にならないようにしっかりと服を掴まれてる女の子にしか見えない。
「うちも行く」
そんな葵の考えを途切れさせるように、若菜は答えた。彼女の手は少し震えていた。
犯人は若菜を知っていた。そして若菜もその心当たりがあった。子豆家の崩壊との因果関係は分からないが、過去に因縁があるのは間違いないだろう。
この怯えようは、きっと無理している。いつもの強気な顔もどこか弱々しい。
しかし、葵自身はついてくるなとは言えなかった。いや、言える覚悟も責任もなかったと言ったほうが正しいだろうか。
彼女の呼吸をただ黙って聞いていることしかできない。
「……行こうか」
葵がそう言うと、若菜は無言で頷いた。
渦中の霊脈は、自然公園の中心部にある。




