第四話
あのあと若菜に尋ねても、何も答えてくれなかった。「犯人は見つける」だけ言って、姿を消してしまった。
完全に興が削がれてしまった葵は、学校に行く気も起きずにそのまま家へ帰った。
現在、時刻も夕方を越え、夜の見回り準備のためにお風呂に入っている。
「葵ちゃーん! 着替え置いておくからねぇ!」
母の声が聞こえて、思わず湯船に顔を沈めた。
「声かけないで勝手に置いといてくれよ!」
「やーだー、そんな強い言葉使ったらお母さん悲しい!」
母の変貌ぶりには、本当にため息が漏れる。あのクールビューティーさは仮初だったのだろうか。
呆れながら体を洗おうと湯船から上がった。瞬間、浴室のドアが開かれる。
入ってきたのは、裸の若菜。一応タオルで前は隠してるけど、彼女の女の子らしい曲線が浮き出ている。
一瞬、何が起こったのか分からなくて困惑する。
「きゃああああああああああ!?」
そして自分でも驚くほど、女の子のような悲鳴が口から漏れた。
思わず大きな胸を隠しながら、また湯船に逆戻りする。
「そんなに驚かなくてええやんけ。女同士やろ?」
「い、いや。女同士っておまえ……! 俺、男だし!?」
「そんな体つきで男っていうほうが無理やわ」
ヒラヒラと呆れながら若菜は手を振っていた。そのまま洗面器に座ると、髪を濡らし始める。
確かに若菜の言う通り、今の葵は女の子よりも女の子らしい。肌はしなやかに柔らかそうで、きめ細かい。出るところは出てしまるところはしまる。なのに背丈は女の子の平均よりも低い。
男好きがしそうな女の子といえば、イメージがつきやすいだろうか。
「いや、そんなことよりなんで若菜がここにいんだよ!?」
「なんでってあんたの母親から頼まれたんや。これからは“本格的に一緒に過ごしてくれ”って」
「本格的にって何!? え、ちょっと待ってどういうこと!?」
「うるさいなぁ、グチグチ気にする必要ないやろ」
並んであるシャンプーやボディソープを見つめながら、葵は眉根を寄せた。
「あんた、こんなきついもん使ってんの?」
大きくため息をついてから、葵のボディソープやシャンプーを外に放り投げてしまう。
「え、ちょっと!」
手を伸ばそうとして、腰に手を当てた若菜に邪魔された。思わず彼女の裸に視線を塞がれて、再び湯船の中に顔を沈める。
「これからはうちが徹底的に教えるから覚悟しーや。ほら、まず髪の毛は湯船につけない!」
何が何だか分からないまま色々と進行していて、葵は目を白黒させるしかなかった。
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「……若菜? そろそろ説明してくれ?」
結局、お風呂は最後まで付き合わされた。洗い方を徹底指導されて、少しでも間違った行動を取ると怒られた。特に肌を力任せに洗おうとするたび、太ももを軽くつねられる。
風呂から出たあとも彼女の指導は続き、体の拭き方から頭の乾かし方まで手取り足取り彼女がしてくる。最終的には、「うちがやる!」って言われてバスタオルをひったくられた。
現在、葵は自室で正座させられてる。背後からは若菜が鼻歌混じりに葵の髪にくしを通していた。
下着は女物しか履かせてもらえず、やけに履き心地が悪い。トランクスでいいと言ったのだが、若菜はそんなのありえないと全拒否。朝はからかっていたのにどういう心境の変化だろうか。
「何をや?」
「いや、色々と。犯人は見つかったのかとか、なんで若菜が俺の家にいるのかとか、母さんに任されたって何? とか」
「まぁ、そうやな。うん……そうだね」
彼女のエセ関西弁が消える。何かを覚悟決めるように、ブツブツと言っている。
「話してもいい……はず。うん、私が決めたことだから……うん」
「あ、あの……若菜さん?」
その不気味な変わりように、葵は恐る恐る声をかけた。しかし、返事はない。若菜はゆっくりと前に回ってくると、迎え合わせに座る。
正座で座ってる彼女の顔はどこか強張っていた。肩は心なしか震えてる。
「私は正確には子豆家の当主じゃないの」
その声はか細く。しかし、ゆっくりと噛みしめるように紡がれていく。
「子豆家は、ほぼ壊滅したから」
「……そんな話聞いたことないぞ?」
「それはそう、知ってるのは上と子豆家の人と葵のお母さんだけ。私は子豆家の生き残りとして、小さい時に保護されたの……その……葵の子どもを産むために」
その衝撃的な一言が、葵の体中を駆け巡る。脳内に到達したあたりで、反射的に大きな声を出した。
「い、いやいや待て待て待て! そんなの何も聞かされてなかったぞ!」
「うん、当たり前。葵は正統継承者に見られてなかったから。だから、葵の次の代では確実に女の子が生まれるように」
葵は頭を抱える。確かにうちの家系で女の子が生まれないことは問題視されてきた。分家の人間たちもそこを酷く批難していた。しかし、結局のところは本家一強のため、母は何とかなると葵に説明してきていた。
その裏でこんなことがあるとは思っているはずもない。
「あ、勘違いしないでね。私は嫌じゃなかったし、その恩義もあったし……何より子豆家って子孫繁栄が約束されたような家系だから」
聞いたことはある。子どもはほぼ双子や三つ子が産まれてくる。兄弟も十人越えは当たり前の家系だ。なので世界中に情報網を持っている。
だからこそ、その子豆家が滅び寸前だっていうのは、今聞いても信じられなかった。
「でも、葵が女の子になってすべて変わったの。私の価値も何もかも。だから、犯人は私一人で見つけようと思った。子豆家を滅ぼした元凶かもしれなかったから」
しかしと、彼女は真剣な瞳でこちらを見る。
「私はやっぱり葵と一緒に過ごしたい。そう思って戻ってきちゃった……。そしたら葵のお母さんが、私が葵の嫁であることは変わりないって言ってくれた」
おかしいと思いつつも、葵は言葉を挟むことができない。彼女の真剣さが、自身の口を閉じさせる。
「それに、女の子同士でも子どもって作れる術があるらしいの。つまり、葵も私もどっちも子どもが産めるってこと」
「い……いや、待て待て待て……ちょっと話の飛躍がだな……」
「……ダメ?」
上目遣いで言われて言葉が止まる。若菜ってこんなに可愛い女の子だっただろうか。
確かに普段男子たちの間では学校の可愛い子ランキングの5本指内には入っている。しかし、彼女の性格からか嫁にしたいランキングからは弾かれていた。
葵自身も、彼女を幼馴染以上の感情で見たことはない。
見たことないはずなのだが──
「だ、ダメじゃない……けど」
彼女の真剣な言葉を聞いて、口ごもってしまう。
「……よかった。よろしくね、葵」
その満面の笑顔は反則だと思う。




