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第二話

 鏡に映る自分の姿を見て、葵は大きくため息をついた。

 白いロングヘアーに赤い瞳、幼い顔つきは完全に女の子だ。唇は艶があり鼻筋が通っている。背丈は男の時よりもだいぶ小さくなっている。頭の上を跳ねるアホ毛は、自分の感情を現すかのように揺れ動いていた。

 幸い耳や尻尾は生えっぱなしではない。しかし、髪の色は現代日本ではかなり目立つ。


「戻ってないか……」


 ここまで確認して、大きくため息をついた。


「あ、お、いちゃーん!」


 そんな時、陽気な声とともに白髮ロングのスーツ姿の女性が割り込んだ。

 

「うげ、お袋!?」

「やーん、女の子がお袋って言わないの!」

「なにがやーんだ! 昨日まで、オレに見向きもしなかったのに!」


 頬ずりをしてくる母親を、葵は引き離した。わざとか弱い声を漏らす姿に、鳥肌が立った。


 昨日まではクールを地で行くような母親だった。しかし、葵が女になった瞬間これはさすがに心がざわめく。

 嘘泣きしている母親を無視して朝支度を終えた。


 葵の家は名家だ。この地域一帯では一番の敷地面積を誇る屋敷となっている。中庭は雇われの庭師が整えてくれている。

 木でてきた大きな門を潜る。


 葵は家系が特殊なだけで、表向きは普通の男子高校生。いや、だったと言ったほうが正しいだろうか。今や主張する胸や揺れるスカートは完全に女の子を物語っていた。


「おはようさーん」


 テンションの高い若菜の声で、げんなりする。太陽光の煩わしさも相まって、肩を落とした。


「なんやねんその顔」

「あのさ、お前少なくとも対立家系の当主だろ? 昨日、継承式を終えた俺に絡んでて良いのか?」

「そんなん関係ない。うちは面白い人間の味方やで」


 意地悪そうな笑みを浮かべて、若菜は肩に腕を回してきた。

 昨日まで背丈は葵のほうが上だったのに、今や頭一個分高い。彼女の胸が顔の近くにあって、思わず慌てて離れた。


「つれないなぁ……女同士やんけ」

「違う!」

「あ、今トランクスだから恥ずかしいんか? 気にせんでええのに」

「何で知ってんの!?」


 思わずスカートを抑える。

 女物のパンツはさすがに抵抗があって着れなかった。そんなことまで見透かされてるような気がする。


「あーでもブラはしてんねんな」

「だから何で知ってんの!?」

「うちの勘や。まぁ、それくらい大きかったらせんほうが体に悪いし最悪垂れてくるからな」


 母親と同じことを言われて、ぐうの音も出ない。

 本当に朝から体力を奪われる。葵の頭からは魂が抜けかけて、ノックダウン寸前だ。


 沈みかけてる葵の顔を、若菜がつねってくる。思わぬ攻撃に、頬を抑えながら頭を上げた。


「……な、何するんだよ!」

「可愛い顔でしょげんなムカつく」

「かわ……むか……っ!」


 さらにショックを受けてる葵に、彼女は大きなため息をつく。

 薄い胸を張りながら手を組む姿は、なんだかとても偉そうだ。


「葵はもう可愛い女の子。あんたの意思関係なしに男からも女からも目立つねん」

「……わかってるよ」

「いいやわかってない。そんな狙ったように表情がころころ変わる女はな、男からは狙われて女からは恨まれるんや。良いことない」


 何その世界怖い。

 もしかして、若菜だけは別次元に住んでいらっしゃる?


 不思議そうな顔をする葵に、若菜は大きなため息をついた。三秒以上も……。


「可愛い女の子はな、愛想と笑顔と話のセンスで好かれるんや!」

「なにそのクソキモ空間」

「一方、葵はどうなん? 顔は可愛い、コミュ力は壊滅的、極めつけは可愛いくせにこの手入れしていない髪の毛!」


 頭を無造作に撫でくりまわされて、脳が揺さぶられる。男の時ならすぐに抵抗できたが、どうやら今は若菜よりも力が弱くなってしまってるらしい。

 やめても言えずに、ただされるがままだった。


「枝毛だらけなのに艶があるのなんなん!? 矛盾してるやんけ!」

「知らないよ!」


 ようやく彼女から解放されて、距離をとる。葵は肩で息をしながら、若菜のことを睨んだ。


「とにかくな、うちはもっと葵が可愛いって──」


 彼女の言葉がふと止まる。同時に葵も視線を動かす。


 一頭のトンボが、二人の間を抜けていったのだ。それも、“成人男性の頭よりも大きな”トンボが。

 三対の足で掴んでいるのは、何かの霊力の塊だろう。


「葵、見たか?」

「見た」


 刀を手の中に出現させて、握る。兎の耳と尻尾が生える。

 若菜も、制服の上から羽織っていたパーカーのフードをかぶった。頬にはネズミのヒゲ、尾てい骨あたりからはネズミの尻尾が生えてきていた。


「あれは霊力蟲れいりきちゅうやな」

「あんなに大きいのうちの敷地内では滅多に見ないはずなんだけどなぁ」


 ここら一帯の地域は、当主である葵の母親が管理している。妖怪退治の専門家でも指折りの彼女が、あんな大きな奴を見逃すはずがない。


 いや、理由なら思いついていた。


 母親は次代の葵に期待してなかったからこそ、人一倍頑張っていた。そしたら、娘として帰ってきて神獣の適性もそれなりと来た。そういった意味合いから、静観したいのだろう。


 複雑な気分になる。

 母親の苦労を知ってるから、家督を継ごうと頑張っていた。しかし、こんな思いも寄らない形で叶うとは思わなかった。


「先に行ってるで!」

「おい、ここはお前の縄張りじゃないだろ!?」

「ヘーキヘーキ! 子豆当主の権限というやつや!」


 そう言うと、彼女は一気に駆けていった。

 本当に好き勝手やってるなと、ため息をつく。

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