第一話
妖怪が跋扈し日常は危ぶまれる。一般市民は怯え、いつ死ぬかも分からない日を過ごしていた。
そんな世の中を変える力を持ち生まれてきたのは良い。
しかし、と──卯崎葵は刀を構えながら大きくため息をつく。
「何で、女の子の姿なんだよ!?」
葵は妖怪退治を専門にしている家系に生まれた。代々長女が継ぐ予定であったが、残念ながら子どもは長男の葵しか産まれなかった。
苦肉の策として、卯崎家が取ったのは葵を後継として選ぶこと。
適性は皆の期待を遥かに超えてあった。その代わり、能力を発動すると体が女になってしまう。これは神獣を体に憑依させて戦う系列の副作用であった。
神獣に引っ張られる彼は、身体は女体化し兎の耳や尻尾が生える。そのことをたった今知った。
「だっははは! 最高やで、葵!」
木の上で胡座をかいて大笑いをする少女がいる。彼女は子豆若菜。小さい頃からの幼馴染で、葵とはまた別の妖怪退治を専門にしている家系の長女である。
灰色のボブヘアーを揺らし、手を大きく叩いて下品に笑っている。赤色の瞳には涙が溜まり、大口を開けていた。彼女の頬には左右に二本ずつ、ネズミのようなヒゲが生えている。
パーカーをと短パンの間からは、長い尻尾が生えていた。
「うっせぇ! その、エセ関西弁をやめろ! お前、東京生まれだろ!」
「クソっヤバい! 怒ってても全然迫力ない奴やん! うちよりちんちくりんの癖に何威張ってん?」
「ちんちくりんになりたくてなったわけじゃないっての!?」
怒っても喉から出る声はやけに可愛い。そして自分のとは思えないサラサラの白く長い髪が視線の端にちらついてしまって集中できない。何で男の時と違ってこんなにも肌触りが良く感じてしまうのだろうか。
そして何より最も葵を悩ませてるのは、胸の大きさ。下を見ても自分の足元が見えないなんてびっくりだ。
着ていたカッターシャツを押し上げて、ボタンが取れかかってる。
「ていうか、ズボンを抑えながら言ったところで説得力ないで?」
「仕方ないだろ! ズレ落ちるんだから!」
生えた兎耳を動かしながら言うと、また彼女は手を叩いて笑う。
「落ちたところでトランクスだから恥ずかしくないやろ?」
「何で俺の下着知ってんだよ!?」
「これでも子豆家の現当主やで?」
顎に指を添えてキメ顔してるのが、癪に障った。
ズレ落ちるズボンを放り捨てて、カッターシャツと青いトランクス姿という完全な変態的な格好に落ち着く。
手に持った刀に力を込めると、刀身が炎をまとうように揺れる。そのまま若菜が座っている木の幹を斬り倒した。
「はっ?」
若菜の間の抜けた声が漏れる。
思わぬことに逃げるのが遅れた彼女は、そのまま頭から落っこちた。強打としたところを抑えながら、葵のことを睨みあげる。
「何すんねん!?」
「試し斬り。初めてにしては、中々の腕前だろ?」
不機嫌そうに頬を膨らませてから、若菜は立ち上がった。自分の服についた土を払いながらメモ帳を取り出す。
「切り込みが甘すぎて、無駄に力入ってる。感情的になると、味方を怪我させる恐れがあるっと」
「何書いてるの!?」
「葵のことを報告するためや」
メモ帳を閉じてから、彼女は後ろポケットにしまった。
「あんたの母親に任されてるからな。男だから十二分に力を発揮できないんじゃないかってな」
「その問題は解決したよちくしょう!」
「くくく。それだけやなくて、“女の子なのに下はトランクス一丁”なのも報告対象やで?」
若菜は昔から性格が悪い。葵の嫌なところをよく突いてきては、からかってくる。
それでも付き合い続けてるのは、ご近所さんとしての腐れ縁ってやつだろう。
切り替えるように大きなため息をついてから、刀を鞘にしまった。
「にしても、体が重いな……」
態勢を立て直そうとして、背筋を伸ばした。同時に胸の揺れが身体に圧をかけて、動きにくさを強調していた。
「……」
若菜は黙り込み、じろりと胸元に視線を落とした。
次の瞬間──右手が伸びてきた。
そのまま右手で胸を鷲掴みにしてくる。
「痛い痛い痛い! 千切れる、本気で千切れる! やめて!?」
「……ちっ、少なくともFカップはあるな。何で男のあんたがうちより大きいねん、腹立つ。削れ!」
「削れって何!?」
あまりの言いがかりに、思わず胸をかばいながら若菜から遠ざかる。その動きが女の子っぽくなっていることに気がついて、葵は姿勢を正した。
「──んで」
切り替えるように、口を開く。
「ちゃんと神獣と適合できたから、良いだろ?」
「まぁ、合格ラインやな。あとは現場に立って徐々に慣れていく段階や」
「現場ねぇ……」
もちろん最初はやる気満々だった。妖怪退治に刀を振り回すなんて、男の子なら一度は漫画で夢見たシュチュエーションだ。その気持ちから家督を継ぐ気満々である。
しかし、結果はどうだ。適合したら男を捨てるハメになったのだ。
落ち込み、しゃがみ込む。月明かりでも分かるほど、肌は白くきめ細かくなっていた。
「なぁ、今の俺は男として尊厳を保ってるか?」
「女としては可愛さを保ってるな」
若菜の一言に、大きくため息をついた。




