旅
――五日目の夜、街道沿いの宿場町
旅も半ばを過ぎ、三人は石造りの宿に身を落ち着けていた。
馬車旅の疲れを癒すため、夕食は少し贅沢に、焼きたての肉料理と温かなスープ。
「いやぁ……やっぱり王都を離れると、料理の味付けも違うな」
真時が杯を傾けながら、ゆったりとした笑みを浮かべる。
クレアはパンを小さくちぎりながら、真時をちらりと見た。
「真時さんは、旅慣れてるんですか? こうして馬車で移動するの、平気そうですし」
真時は苦笑し、肩をすくめる。
「いや……慣れてるってほどでもないよ。揺れに慣れるのは正直きつい。でも……こうして色んな町を見られるのは楽しいな」
クレアの表情が柔らかくなり、ラケイシが頷く。
「そうだな。」
やがて夜が更け、窓の外には満天の星が瞬いていた。
宿場町は静かで、遠くからは虫の音がかすかに届く。
三人は同じ部屋の中、それぞれの寝台に横たわり、旅の余韻を語り合った。
「イケイシアって、どんな街なんだろうな」
真時がぽつりと口にする。
ラケイシは目を閉じたまま、静かに答えた。
「北国の城塞都市だ。雪に覆われていることが多いが……文化も豊かで、外からの旅人を受け入れる懐の深さもある。お前にも気に入ってもらえると思う」
クレアが毛布に包まり、柔らかな声で続ける。
「雪の街……真時さん、絶対に驚きますよ。」
真時は目を細め、天井を見つめながら呟いた。
「……楽しみだな」
そうして、星明りの下で小さな会話を重ね、三人は静かな眠りへと落ちていった。
――十日目・北国イケイシア
雪風が頬をかすめ、遠くに白亜の城壁が見えてきた。
城塞都市イケイシア――北国の誇りと呼ばれる大都市だ。
高くそびえる石壁は雪をまとい、その背後には尖塔の屋根がいくつも突き出している。
城門の前には交易商や旅人たちが列をなし、氷のような空気の中に人の活気が溶け込んでいた。
「……着いたな」
ラケイシが深く息を吐き、笑みを浮かべる。
「すごい……!」
真時は雪に照らされる城壁を見上げ、子供のように目を輝かせた。
真時は白い息を吐きながら呟く。
「……王都とは全然違うな。雪に包まれてるのに、こんなに賑やかなんだ」
馬車は城門をくぐり、石畳の大通りへと入っていく。
道の両脇には市場が広がり、毛皮や乾燥肉、氷を使った保存品など、北国らしい品々が並んでいた。
暖かな毛皮帽をかぶった商人たちの声が響き、香ばしい焼き菓子の匂いが鼻をくすぐる。
「まずは宿を取ろう。そのあと一日、街を見て回るぞ」
ラケイシがそう言い、三人は大通りの奥へと進んだ。
――翌日。
イケイシアの観光は、真時にとって驚きの連続だった。
氷の彫刻で飾られた大広場、雪を利用した滑り台で遊ぶ子供たち、温かな薬草風呂を備えた浴場。
クレアが案内役となり、あちこちで解説を加えるたびに、真時は何度も感嘆の声を上げた。
「ここはね、冬至祭のときに灯りが並ぶんです。すっごく綺麗で……あ、今度一緒に来られたらいいな」
クレアが少し恥ずかしそうに笑うと、真時は頷きながら微笑みを返した。
日が暮れる頃には、雪の街並みが橙の灯りで染まり、幻想的な光景が広がっていた。
三人は宿へ戻り、暖炉の火にあたりながら明日の予定を話す。
「さて……明日はラーン村に向かおうか」
ラケイシの言葉に、クレアが嬉しそうに頷いた。
「半日で着きますよ。私たちの家に泊まってください、真時さん!」
真時は少し驚きながらも、照れくさそうに笑う。
「……いいのか? それなら、甘えさせてもらおうかな」
こうして一日観光を終えた三人は、翌朝、ラーン村を目指して再び馬車に乗り込むのだった。
――北国の小さな村で、また新しい物語が始まろうとしていた。




