王立図書館
――王都図書館。
白い石造りの大きな建物は、街の中央広場に面していた。
高いアーチ状の入口をくぐると、静謐な空気が流れ、整然と並ぶ書架が視界いっぱいに広がった。
クレアは一歩足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑む。
「……すごい。本当に、これ全部が……」
ラケイシは淡々と頷き、受付の老司書に声をかける。
「失礼する。魔力の流れ、古い治療法に関する書物を探しているのだが」
老司書は長い髭を撫で、三人を観察するように目を細める。
「ふむ……そういった記録ならば、奥の『禁書閲覧室』にある可能性がある。ただし、許可証がなければ立ち入ることはできん」
「許可証……」
クレアは困った顔をする。
真時がすぐに尋ねる。
「どうすれば、その許可証をもらえるんですか?」
司書は静かに答えた。
「魔術師ギルド、もしくは王宮の文官から正式な推薦を受けねばならぬ。禁書には危険な知識も含まれているゆえな」
クレアは小さく唇を噛んだ。
「やっぱり……簡単にはいきませんね」
ラケイシは腕を組み、少し考えるように黙り込む。
一方、真時は二人を見て口を開いた。
「だったら次は魔術師ギルドに行ってみよう。推薦をもらえれば、一番早い」
「ええ……そうですね」
クレアの顔に再び希望が灯る。
三人は礼を言って図書館を後にした。
外に出ると、王都の大通りはさらに賑わいを増しており、露店から漂う甘い菓子の匂いが風に乗って流れてくる。
「魔術師ギルドは...この大通りを抜けた先のようだ。」
ラケイシが歩を進めると、真時とクレアも並んでついていく。
その道すがら、クレアはふと真時の横顔を見上げた。
「真時さん……私、絶対に諦めません。」
真時は少し驚いたが、力強く頷いた。
「もちろん、一緒に探すよ。クレアが笑っていられるように」
クレアは目を丸くし、すぐに頬を赤らめて視線を逸らした。
ラケイシはそんな二人をちらりと見て、しかし何も言わず歩みを進めていく。
――こうして三人は、次の目的地・魔術師ギルドへと足を運んでいった。
街の喧騒を抜けると、目の前に威容を放つ建物が現れた。
円柱が並ぶ壮麗な正面、尖塔の上では青い旗が翻り、扉を守るのは鎧をまとった番兵たち。
通り過ぎる人々も、ここに近づくと自然と背筋を伸ばして歩いていた。
「……これが、魔術師ギルド」
クレアは感嘆の息をもらす。
ラケイシは迷いなく中へ進み、真時とクレアもその後に続いた。
中に足を踏み入れると、ひんやりとした空気と共に、広大なホールが広がった。
天井には魔法陣のような紋章が描かれ、淡い光が降り注いでいる。
受付には長机が並び、魔導士風の人物や、学者らしい人々が書類を抱えて行き交っていた。
「まずは受付だ」
ラケイシが言い、三人は列に並ぶ。
やがて順番が来ると、若い女性の受付官が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」
ラケイシが落ち着いた声で告げる。
「我々は魔力の乱れを治す術を探している。王都図書館の禁書閲覧に必要な推薦状を、ギルドからいただきたい」
受付官は一瞬驚いたように目を瞬かせた。
「……魔力の乱れ、ですか。それは珍しい。簡単にはお渡しできませんが……」
彼女は机の引き出しから分厚い帳簿を取り出し、ぱらぱらとめくりながら続ける。
「推薦状はギルド幹部の承認が必要です。条件としては――」
「条件?」
真時が思わず問い返す。
受付官は小さく頷いた。
「はい。ギルドが提示する依頼を達成すること。それが推薦の証明となります」
「依頼……」
クレアが少し不安げに呟く。
受付官は彼女の表情に気づいたのか、柔らかく笑みを浮かべた。
「安心してください。命の危険を伴うようなものばかりではありません。ただし、内容は選べません。幹部が決定します」
ラケイシは短く息を吐き、真時とクレアを見やる。
「……どうする?」
真時は迷わず答えた。
「やるしかないだろ。クレアのためだ」
クレアもぎゅっと拳を握りしめる。
「はい。どんな依頼でも挑戦します」
受付官は三人のやりとりを見て、帳簿に記録をつけると告げた。
「それでは、しばらくお待ちください。幹部に確認を取ります」
三人は受付近くの椅子に腰を下ろした。
周囲では魔術師たちが談笑したり、研究資料を抱えて議論を交わしたりしている。
その活気の中で、クレアの膝の上の手がわずかに震えているのを、真時は見逃さなかった。
「……大丈夫か?」
「ええ。少し緊張しているだけです」
クレアは微笑んで答えたが、その声はかすかに硬かった。
やがて、受付官が戻ってきて告げる。
「お待たせしました。三名には、ギルド幹部からの依頼が決まりました」
「内容は?」
ラケイシが問う。
受付官は羊皮紙を差し出した。
「――《封印区画の調査》です」
三人の表情が引き締まる。
新たな試練が、静かに幕を開けようとしていた。




