食事
――王都・食堂。
煮込み料理の香りが漂う中、真時は席の向かいに座るクレアを見た。青白い肌に薄い銀の髪――北国の人だとすぐにわかる美貌だが、不思議と構えずに話せる雰囲気を持っていた。
(見た目だけなら、近寄りがたいくらい整ってるんだが……話すと自然だな)
パンをちぎりながら、真時は気になっていたことを切り出す。
「そういえば、クレア。さっき、なんで俺に声をかけてきたんだ?」
クレアはカップを手に取り、少しだけ目を伏せた。
「……気になります?」
「まぁな。イケイシアから来てるってことさは、他にも見るものはいくらでもあるだろ?」
クレアはふっと小さく笑った。
「そうですね。でも……人混みの中で、真時さんのことが目に留まったんです。普通の冒険者と違うというか……魔力の流れに違和感があり、つい話しかけてしまいました。」
真時は苦笑しつつ水を口に含む。
「つまり、目立ったわけか」
「そういう意味じゃありませんよ」
クレアは少し首を振り、真時をまっすぐ見つめる。
「……冒険者らしくないのに、冒険者としてそこに座っている。その矛盾が気になったんです」
真時は思わず言葉を失い、わずかに息を吐いた。
(……こっちは隠してるつもりでも、見抜かれるもんだな)
温かなスープの香りが漂う中、真時はクレアと向かい合って座っていた。
彼女の雰囲気は、外見の美しさとは裏腹に、とても話しやすい。自然と会話が続いていく。
(……まさかこんな北国の娘に、あんな風に見抜かれるとはな)
真時は内心で苦笑しながら、グラスの水を口に含んだ。
「冒険者らしくないのに、冒険者をしている――」
クレアが先ほどの言葉を思い出すように呟き、視線を真時に向ける。
「そういう人は信じやすいんです。飾ってないから」
真時は少し肩をすくめて答える。
「俺なんて、ただの駆け出しだよ。特別なことはないさ」
(……スキルのことは、もちろん言えない。言えば怪しまれるか、利用されるかもしれないからな)
クレアは首を横に振って、柔らかく微笑んだ。
「そう見えないんですよね。不思議と」
真時は一瞬目をそらし、代わりにテーブルの料理へ視線を落とす。
(俺の力なんて、この世界じゃ異質そのものだ。隠し通すしかない……)
それでも、クレアの目は澄んでいて、探るような嫌らしさはなかった。
ただ純粋に興味を持って、目の前の人間を見ている。
「……ま、いつか冒険の土産話でもできるようになったら、その時は聞かせてやるよ」
真時はパンをちぎりながら、軽い調子で話を逸らす。
クレアは嬉しそうに頷き、スープを口に運んだ。
「ええ、楽しみにしています」
――スキルの秘密を抱えたまま、だが不思議と心地よい時間が流れていく。
木の扉がきしみを立てて開くと、冷たい風と共に一人の青年が入ってきた。
長身で鍛えられた体つき、肩まで伸ばした銀灰色の髪。
その鋭い眼差しは、まるで獲物を探す狼のようだ。
「クレア」
低く落ち着いた声が響く。
「あ、ラケイシ兄さん!」
クレアが手を振ると、青年――ラケイシがこちらへ歩み寄る。
彼の視線が真時に向けられると、一瞬で全身を測られているような圧を感じた。
(……強い。少なくとも、普通の旅人や商人じゃねえな)
真時は思わず背筋を伸ばした。
クレアが笑顔で紹介する。
「こちら、さっき知り合った冒険者の真時さん。ご一緒してたんです」
「……そうか」
ラケイシは短く返し、真時へと手を差し出す。
「ラケイシ,妹と共に王都へ来た」
「坂田真時です。冒険者をしています」
真時も握手を返す。
その瞬間、掌に伝わる力はまるで鉄のように硬かった。
ラケイシは一瞥だけで握力を緩め、椅子に腰を下ろした。
「クレアに妙なことをしていないだろうな」
「兄さん!」
クレアが赤くなりながら睨む。
「そんな言い方……真時さんは優しい人よ」
ラケイシは無言でスープを口に運ぶが、その眼光はまだ真時を観察していた。
(……やっぱり、ただの兄じゃないな。きっと彼も、この旅には別の目的がある)
だが、クレアの屈託ない笑顔が二人の間の空気を和らげる。
真時は軽く肩をすくめて、パンをちぎった。
(変に構えるのはやめとくか。敵じゃないなら、それでいい)
――こうして三人の食事が始まった。




