報告
――ギルドマスター室。
重厚な扉が閉ざされ、広間のざわめきは遠のいた。
真時たちは椅子に腰かけるが、マスターの視線は彼らよりもむしろエーサへと向けられていた。
「エーサ殿、詳細を頼む」
「はい」
エーサは落ち着いた声で、鉱山奥での紫の石の発見と、遭遇した異常な魔獣の特徴を語り始める。
それはあくまで冷静で整理された報告で、戦闘の細部や冒険者たちの奮闘については触れられなかった。
真時は黙ってそれを聞きながら、膝の上で拳を握る。
(……俺たちがどう戦ったか、どう生き残ったか。そこには触れないんだな。)
エーサが前に立ち、他の生還者たちもそれぞれ証言を補うことで、真時たちの口を開かせる必要はなかった。
ギルドマスターは長く黙考したのち、重い声を落とした。
「なるほど……魔障石の可能性が高いとなれば、王宮に報告せざるを得ん。それに君たち冒険者の危険の度合いは十分伝わった」
レオンが小さく息を吐き、バルドとユリクも視線を交わす。
エーサが代わりに矢面に立ってくれたことを、誰もが理解していた。
「……調査組の働きは大きい。すぐに報酬を用意させよう。詳細は明日、ギルド窓口で伝える」
マスターの言葉に、部屋の空気がわずかに緩む。
だが真時の胸中は、鉱山での記憶と紫の石の光に、まだざわめいていた。
――ギルドを出て、石畳を歩く。
明け方近い、ひんやりとした風が戦いで熱を持った体を冷ましてくれる。
「ふぅ……」
最初に息を吐いたのはバルドだった。肩にかけた大剣をガシガシと叩きながら、どこか誇らしげに笑う。
「いやぁ、やっと帰ってきたな。正直、鉱山の奥に入った時は二度と外の空気吸えねぇんじゃねえかと思ったぜ」
「……同感だな」
レオンはきびしい顔を崩さずに言ったが、その声には安堵がにじんでいた。
「今回は撤退を選んで正解だった。あの魔獣に無理をすれば、俺たちもライムたちと同じ結末になっていた」
ユリクは腕を組み、空を見上げる。
「……あれでも“調査”扱いなんだよな。討伐したわけでもないのに、こんなに疲れるとは」
「だよなぁ!」
バルドが大きな声で笑い、真時の背をバンと叩いた。
「おい真時、お前もそう思うだろ? 体の芯まで鉛みてぇに重いだろうが」
真時は苦笑して肩をすくめた。
「……正直、もう一歩も歩きたくないくらいだ。でも、不思議と後悔はない。みんなで戻ってこれたんだから」
その言葉に、三人は一瞬黙り、それぞれに表情を和らげた。
「……そうだな」レオンが低く言う。
「仲間を全員生きて連れ帰れた。それだけで十分だ」
「だな。あとは腹いっぱい飯食って、寝りゃあいい」
バルドは大あくびをしながら、宿を指さす。
ユリクも小さく笑って頷いた。
「……一眠りしたら、報酬を受け取りに行かないとな。」
石畳を踏みしめる音が、夜の静けさに溶けていった。
宿の扉はすぐそこ――仲間たちはようやく心からの休息へと歩を進めていった。




