鉱山へ
――王都から鉱山へ向かう街道。
初秋の風が吹き抜け、木々の葉がさらさらと鳴る。空は高く澄み、旅路としては絶好の日和だった。
「こうして馬車に乗っていると、改めて距離を実感するな」
バルドがあくび混じりに言い、肩に担いだ剣を軽く揺らす。
「鍛錬がしたいなら、降りて歩いてもいいんだぞ?」
レオンは笑いながら言った。
ユリクは弓を背にして、辺りを警戒するように視線を走らせていた。
「静かすぎるな……普段なら行商人や旅人とすれ違うはずだが」
その言葉に、真時も街道脇の茂みに目をやる。
すると――草むらの奥で何かが動いた。
ガサガサと茂みが揺れ、飛び出してきたのは――
一匹の小さなイノシシだった。
「おいおい、脅かすなよ……」
バルドが大笑いする。
だがそのイノシシは怯えたように馬車を見上げると、さらに「クゥン」と鳴いて走り去っていった。
「今の……逃げてきたように見えたな」
ユリクが眉を寄せる。
「追われていたのかもしれん」
レオンが呟いたその瞬間――遠く、山の方角から低いうなり声が響いた。
「……」
真時は無意識に胸ポケットへ手を当てた。冷たいメダルが、わずかに熱を帯びたように感じられた。
「気のせいか……?」
誰にも聞こえないほどの小声で呟き、真時は歩を進める。
四人の旅路は、穏やかなはずの街道に、不穏な影を落とし始めていた。
―街道の終わり、鉱山の入口。
真時たちは半日の行程を終え、ようやく鉱山の前に立った。
巨大な岩壁の合間に口を開ける坑道は、昼の光を飲み込み、ひんやりとした空気を吐き出していた。採掘の跡が残る足場や古びた木の支柱が並び、まるで別世界への入り口のようだ。
――鉱山入り口の広場。
坑道の手前には、採掘用の小広場があり、いくつものテントが並んでいた。冒険者パーティが拠点を作り、昼間の光の下で武具や食料を整えている。馬や荷車も停められ、鉱山前の活気が漂っていた。
「結構、賑やかだな」
バルドが目を細め、テントを見渡す。
「……あの中に、同じ依頼を受けたパーティもいるかもしれない」
「そうだな。情報は早めに得た方がいい」
レオンが頷き、真時に視線を向けた。
「……俺、行ってみる」
真時は小さく息をつき、鉱山前のテントのひとつに近づいた。
テントの前には、冒険者パーティが武器を整えたり、荷物を点検したりしている。真時は軽く会釈して声をかけた。
「……俺は,中段チェリーの真時という者だ、
悪いが状況を教えてくれないか?」
真時は少し照れながら自己紹介を兼ねて言う。仲間たちも近くで見守っている。
「おお、あんたたちも鉱山依頼か。状況はな、坑道の中で魔獣の足跡が増えてる。最近、採掘の労働者も襲われたって報告があってな」
パーティのリーダー格の男が答えた。
「油断すると下手すりゃ命に関わる。坑道内の崩落も進んでるから、最初にどのルートを通るかで戦略を決めた方がいい」
真時はメモするように頷き、さらに質問した。
「足跡は大きさ的に……どんな魔獣?」
「うーん、鉱山を荒らすくらいだから、体格は大きいはずだな。複数かもしれん」
男の表情は真剣で、警戒心が滲んでいた。
「了解です、情報ありがとう」
真時は深く礼をし、仲間の方へ戻る。
「どうだ?」
レオンが問うと、真時は状況を簡潔に伝えた。
「複数の魔獣かもしれない。足跡が増えてるって。坑道内は崩落の危険もあるらしい」
「……なら、慎重に行こう」
ユリクが弓を背に、表情を引き締める。
四人は坑道に入る前、仲間と情報を共有しつつ、作戦を練り始めた。
――これから先の戦いの序章が、静かに始まろうとしていた。




