早朝
――早朝、タリス村の広場。
小さな井戸の周りに、村人たちが集まっていた。
顔には不安と戸惑いが色濃く浮かんでいる。
レオンが一歩前に出て、低く通る声で告げた。
「皆に集まってもらったのは、昨日祠で見たことを伝えるためだ」
ざわめきが広がる。
「あの祠か……」
「子どもの頃は近づいたこともあったが……」
真時は緊張で喉を鳴らした。
胸の奥には、夢で見た神の声が残っている。
彼は一歩前に出て、村人たちを見回した。
「……祠には、神がいる。昔、この村を守ってくれていた存在だ。
でも長い年月の中で、祈りも歌も忘れ去られ、神は力を失って……やがて、怪物へと姿を変えてしまったんだ」
村人たちの間に、不安げな声が上がる。
「怪物……やっぱりあれは祟りか」
「今さらどうすれば……」
そのとき、人垣をかき分けて一人の老婆が前に進み出た。
昨日、真時たちに祠のことを話してくれた語り部だ。
彼女は静かに目を閉じ、やがて懐かしむように口ずさみ始めた。
それは古い子守歌のような旋律。
――♪風にそよぎ、神は見守る ひとときも我らを離れずに……
静かな歌声が、広場を包み込む。
ざわめきが止み、村人たちは思わず聞き入った。
真時の胸が熱くなる。
(これだ……! 昔は、こんなふうに歌って祠に集っていたんだ……!)
歌が途切れると、老婆は目を開けて微笑んだ。
「思い出したかい……? 昔は、みんなで祠で遊び、歌い、笑っていたのさ」
真時は力強く頷いた。
「そうです! 神は怒ってるんじゃない……“忘れられた”ことに、悲しんでるんです!
みんなで祠に集まり、昔のように歌い、思い出せば……きっと神は応えてくれる!」
村人たちの表情に、少しずつ揺らぎが生まれる。
恐怖に固まっていた顔が、懐かしさと希望を思い出したように変わっていく。
――その場に、小さな光がともったように感じられた。
広場に静寂が戻ると、真時は息を整えながら村人たちの顔を見渡した。
「……さあ、どうするんだ。集まって、祠に向かうか?」
レオンが低い声で問いかける。
一部の村人は頷き、興味と希望の入り混じった表情を浮かべた。
「昔みたいに……祠に集まるのかい?」
「神様が喜ぶなら、やってみる価値はあるな」
しかし、すべての村人が賛成しているわけではなかった。
「ちょっと待て! あんな怪物が現れた祠だぞ? 危険すぎる!」
「子どもまで連れていくなんて、正気か!」
ざわめきが広場に響く。
バルドが腕を組み、鋭く声を上げた。
「わかるけどよ……このまま放置したら、村はやられるんだぞ!」
ユリクが冷静に補足する。
「危険なことは確かだ。でも、封印の方法はわからない。今の状況を打開できるのは、村全体で祠と関わることしかない」
老婆は両手を合わせ、祈るように口を動かした。
「昔のように、みんなで祠に集まり、歌ったり笑ったりするだけで、神は喜ぶはず。危険を恐れず、信じてほしい」
真時は胸を張り、決意を込めて声を張る。
「俺たちだけじゃない。村全体で祠と向き合えば、神は必ず応えてくれる。怖い気持ちはわかるけど……勇気を出してほしい!」
村人たちは互いに顔を見合わせ、迷いながらも少しずつうなずき始める。
「……そうだな、やってみよう」
「危険だけど、これしか道はない」
ざわめきが次第に希望に変わり、村全体の意識が祠に向かって動き出す。
レオンが真時の肩に手を置き、低く呟いた。
「よし、これで準備は整った。あとは、村人と一緒に祠へ向かうだけだ」
真時は深く息を吸い込み、目の前に浮かぶ赤い光を思い出す。
(……昔は、みんなで遊んでいた。それを、今取り戻す……!)
――そして、村人たちを先導し、祠へ向かう一団が祠への道を進み始めた。




