対話
――意識が闇に沈み込む。
呼吸すら忘れるような深い静寂の中、真時はふと気づいた。
自分が立っているのは、どこまでも広がる白い空間。
足元には影もなく、ただ柔らかな光に包まれている。
「……ここは……」
声に応じるように、前方に淡い光が形を成す。
やがて輪郭は人の姿となり、柔らかく微笑む女性の影となった。
「……あなたが……呼んだのですか?」
その声は風鈴のように澄んでいて、しかし胸の奥に直接響くような不思議な響きを持っていた。
真時は息を呑む。
「……神……なのか?」
光の存在は頷き、微笑を深める。
「そう……。かつてこの村と共にあり、人々に祈りや歌で迎えられていた存在。あなたたちが“祠の神”と呼んだもの……」
「じゃあ……どうしてあんな怪物に……!」
真時が思わず踏み出すと、光はかすかに揺れ、切なげに目を伏せた。
「忘れられたのです。
声を……祈りを……。
私に捧がれるはずだったものが、いつしか絶え……。
やがて私の在り方は、歪んだ影に侵されていった」
真時は拳を握る。
「……封じるんじゃなく、思い出さなきゃいけないんだな。
昔みたいに、祠を“生きた場所”に戻さなきゃ……」
光は静かに頷いた。
「その通りです。
けれど――あなたの力は危うい。
代償を払い続ければ、やがてあなた自身を削り尽くすでしょう」
「わかってる……。でも、俺にしかできないなら……」
光が一歩近づき、真時の胸にそっと手を触れた。
「ならば――最後に願いましょう。
どうか、私をもう一度、村と繋ぎ直して……」
言葉と共に、光は徐々に薄れていく。
真時は伸ばした手で、その残滓を掴もうとした――。
「待ってくれ……まだ聞きたいことが……!」
だが白い世界は音もなく崩れ、現実の夜の空気が押し寄せる。
真時は荒い息を吐きながら、祠の前で目を覚ました。
(……夢、じゃない……。あれは確かに……)
胸に残る温もりが、その証のように感じられた
――冷たい夜風が肌を刺す。
「真時!」
揺さぶられる感覚に、真時はまぶたを開いた。
視界に飛び込んできたのは、心配そうに覗き込むレオンの顔だった。
「大丈夫か!? いきなり倒れて……」
バルドも荒い息を吐きながら駆け寄ってくる。
「おい、しっかりしろ! 顔色が死人みてえだぞ!」
真時は上体を起こし、額に手を当てた。
胸の奥に残る温もりと、夢で交わした言葉が頭から離れない。
ユリクは静かに弓を背負い直し、冷静に問いかける。
「……何が見えた? ただの気絶には見えなかった」
仲間たちの視線が集まる。
真時はしばらく迷い、口を開いた。
「……神だ。祠に……“神”がいた」
「神……?」
レオンの目が大きく見開かれる。
「そうだ。昔、この村を見守っていた存在だって言ってた……。
でも祈りも、歌も、忘れ去られて……やがて歪んで、あの怪物に変わったんだ」
沈黙が広がる。
バルドが眉をひそめ、苛立ち混じりに言う。
「じゃあ、封印とかじゃなく……村人が忘れちまったせいで、あの化け物になったってことか?」
「……ああ。神は……“繋がり”を求めていた。
もし村が、昔のように祠を大切にすれば……きっとまた、力を取り戻せる」
レオンはゆっくりと頷き、険しい表情を緩めた。
「……なるほどな。つまり俺たちがやるべきは、剣や魔法で倒すことじゃない。
“思い出すこと”だ」
ユリクが腕を組み、低い声で続ける。
「それは簡単ではない。長い年月を経て、失われたものを呼び戻す……。
どうやって人々に思い出させる?」
真時は強く拳を握った。
「方法は……まだはっきりしない。
けど、“昔は祠でみんなが遊んでいた”って、老婆が言ってた。
――そこにヒントがあるはずだ」
バルドが鼻を鳴らす。
「遊びで神を取り戻す、ってか……。馬鹿みてえだが……悪くねえ」
レオンは仲間を見渡し、短く言った。
「よし。明日、村人を集めよう。
真時の見た夢を伝えて……祠を思い出させるんだ」
夜の闇の中、四人の決意が一つに固まっていった。
――そして翌日、村人を集める場面へと移っていく。




