帰還
――タリス村の長屋。
薄暗い部屋で、ランプの明かりに照らされながら、村長が四人の報告を聞いていた。
真時たちの言葉に、老人の顔はみるみる蒼ざめ、手が震え始める。
「……祠の封が、破れてしまったのか……」
レオンが身を乗り出す。
「やはり、あの祠は特別なものだったのですね。あそこには何が眠っているんですか」
村長はしばらく唇を噛み、重い声で答えた。
「“神”だ……。あれは、我らが村の祖先が祀ったもの。遥か昔より、あの祠には“神”が住まうと伝えられてきた」
「神……?」
バルドが眉をひそめる。
「どう見ても化け物だったぞ。あんなのを神だって言うのかよ」
ユリクが鋭く追及する。
「ならば、その神をもう一度封じ直せるのか。放っておけば村が滅ぶ」
だが村長は首を振り、深くため息を吐いた。
「……それができれば、どれほど良いか。だが……封じ方はもう誰も知らぬのだ。代々伝わってきたはずの方法は、途絶えてしまった」
沈黙が落ちる。
真時の胸に、あのスキルが拒絶した感覚が甦る。
(……やはりそうか。祠に眠っていたのはただの魔獣じゃない。“神”と呼ばれるほどの存在……だからこそ、俺のスキルは金貨一枚では足りないと弾いたんだ)
レオンが静かに言葉を重ねる。
「では、我々はどうすればいい。村を守る術がなければ……」
村長は苦しげに目を伏せた。
「……神の怒りを鎮める方法も、封じ直す方法も、今の村人にはわからぬ。ただ、ひとつだけ言えるのは……“あの祠に決して近づくな”ということだ」
「そんなこと言ってられるかよ!」
バルドが机を叩いて立ち上がる。
「村人が襲われるのを黙って見てろってのか!」
ユリクは冷静に付け加える。
「……村長。古い伝承や記録は? 誰か、昔話でも何か知っている者はいないのか」
老人はしばらく考え込み、やがて小さく頷いた。
「……村の外れに、古い文書を守る“語り部”の家系がある。今は老婆が一人残っているはずじゃ。もしかすれば……何かを知っておるかもしれん」
真時は心の中で息を詰めた。
(……その文書に、封じ方の手がかりがあるのかもしれない。でも、それでもスキルが要求する“代償”が軽くなるわけじゃない……)
村長の家を後にし、真時たちは村の外れにある小さなあばら屋を訪れた。
屋根は苔むし、壁は崩れかけていたが、窓辺に吊るされた干し草や薬草が、まだその家に息づく人の気配を伝えていた。
「……来客なんて久しぶりだよ」
姿を現したのは、背の曲がった老婆だった。白髪を頭巾で覆い、皺だらけの顔には不思議な温かさが宿っていた。
レオンが一歩進み出て、深く頭を下げる。
「祠について、お話を伺いたいのです」
老婆は目を細めて彼らを見渡すと、ゆっくりとうなずき、部屋に招き入れた。
囲炉裏の煙が細く立ちのぼり、草木の匂いが漂う。
ユリクが静かに切り出す。
「祠には“神”が眠っていると聞きました。封じる方法を、何かご存じではありませんか」
老婆はしばらく目を閉じ、記憶を探るように首を振った。
「……いいや。封じ方なんて、わしにはわからんよ。わしが子どものころには、もう誰もそんなことを口にしなかった」
「……そうか」
レオンがわずかに眉をひそめる。
だが老婆は、ふと懐かしそうに笑みを浮かべた。
「けれどね、昔はあの祠でよう遊んだもんさ。子どもらが集まって、鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり……。祠の周りは木陰で涼しくて、夏は特に居心地が良かった」
バルドが思わず声を上げた。
「遊んでた!? あんな禍々しい場所でか?」
老婆はくすくすと笑い、首を横に振った。
「今はそう感じるかもしれないけどな。昔は光も柔らかくて、祠からあんな赤い気配なんて漏れてなかった。ただ……祠の石段に座って、歌を歌ったり、手を叩いたりすると、不思議と心が落ち着いたものさ」
その言葉に、真時の胸の奥で何かが繋がった。
(……そうか。昔は祠に“神”がいたはずなのに、問題なんて起こらなかった……。なら、今になってなぜ“怪物”が現れた?)
真時は拳を握りしめる。
(祠に封じられていたものが“本当に神”なら、ずっと穏やかに眠っていたはずだ。問題が起きていなかったのは、祠と村との間に、何らかの“繋がり”があったからじゃないか? それが途絶えたから、今のような歪んだ形で目を覚ました……!)
レオンが真時を見やり、問いかける。
「……どうした、真時。何か考えがあるのか?」
真時は言葉を探しながら、仲間たちを見回した。
「……はっきりとは言えない。でも、昔は祠に“神”がいても問題は起きなかった。それが今は……暴れている。つまり、村と祠の関わり方が変わったことが原因かもしれない」
ユリクが顎に手を当て、目を細める。
「なるほど……封印そのものよりも、村人の在り方に原因があると?」
バルドは腕を組み、苦々しい声を漏らした。
「じゃあ何だよ……“祠で遊べ”ってのか? 冗談じゃねぇぞ」
「いや」真時は首を横に振る。
「まだわからない。でも、少なくとも――“神”が怪物に変わったのは、村が祠と縁を切ったからなんだ。そこを探る必要がある」
老婆はその言葉を聞き、寂しげに微笑んだ。
「……やっぱり、あの祠は人に忘れられるのを嫌ったんだろうね」
真時は胸の奥に灯った閃きを確かめるように、深く息を吐いた。
(……封じ方はわからない。けど、“昔は問題がなかった”という事実こそが、答えを導く鍵になるはずだ……)
――四人は顔を見合わせ、次の一手を考え始めた。




