ギルドマスター
――ギルドマスター室。
重厚な机の向こうに座る初老の男が、真時たちの報告を一通り聞き終えると、しばし沈黙した。
やがて深く息を吐き、低い声で言葉を返す。
「……ゴブリンの群れがそこまで大規模だったとは。しかも強化個体を伴い、統率されていたとなれば、ただの魔獣災害では済まぬ。すぐに王都に報せ、調査隊と討伐隊を編成させよう」
男は鋭い視線を真時たちに向けた。
「お前たちが遭遇し、商隊を守り抜いたのは僥倖だった。街に戻れたことを誇ってよい。……よくやった」
深々と頭を下げられ、四人は言葉を返せず、ただ黙って一礼した。
――数刻後。
ギルドを後にした真時たちは、石畳の路地を歩き、行きつけの酒場へ向かっていた。
陽はすでに傾き、橙色の光が街を染めている。
「いやぁ……やっと肩の荷が下りたな!」
バルドが背中を反らし、大きく伸びをする。
「報告も済んだし、今夜は飲むぞ!」
ユリクも笑いながら続けた。
「そうだな。ただ、真時……まだ体に無理はするなよ」
その言葉に、真時は苦笑する。
「心配させて悪いな。だいぶ楽にはなってきた。けど……正直、まだ全快ってわけじゃない」
レオンが横から低い声を重ねる。
「当然だ。お前は命を削る戦い方をした。休養を怠れば、次は立ち上がれなくなる」
真時は思わず言葉を失い、俯いた。
仲間たちの目は、叱責ではなく真剣な心配に満ちている。
バルドが大きな手で真時の背を叩く。
「だからこそ、今は飲んで笑え! 命があるからこそ酒がうまいんだ!」
「……ああ」
真時は小さく頷き、歩を進めた。
街角を曲がると、酒場《陽気な熊亭》の看板が目に入る。窓からは暖かな灯りと笑い声が漏れ、漂ってくる肉の焼ける匂いが四人の胃袋を刺激した。
扉を押し開けると、そこにはいつもと変わらぬ喧騒と、待ちわびた安堵の空気が広がっていた。
――酒場《陽気な熊亭》。
奥の丸テーブルに腰を落ち着けた四人は、運ばれてきたジョッキを掲げ、声を合わせた。
「「「乾杯!」」」
泡立つ酒を喉に流し込むと、緊張していた心と体がようやく解けていく。
肉の皿に手を伸ばすバルドが、ふと真時の方を見た。
「そういやよ。お前が本当の名を打ち明けてくれたんだ。だったら俺たちも、改めて自己紹介すべきじゃねぇか?」
ユリクが目を丸くし、すぐに笑う。
「確かにな。俺たち、いつの間にか一緒に戦ってきたけど……互いのこと、ちゃんとは話してなかったな」
レオンも小さく頷き、ジョッキを置いた。
「悪くない提案だ」
――自然と視線が集まり、最初に口を開いたのはバルドだった。
「よし、まずはこの俺だな!
名前はバルド・グレン。見ての通り、剣を振るう戦士だ。生まれは山間の寒村。ガキの頃から木を切り倒して暮らしてたから、腕力だけは自慢だぜ! 酒と肉と仲間のためなら命張る。これからも頼りにしてくれ!」
豪快な笑い声に、周囲の客もつられて笑い声を上げる。
続いてユリクが椅子に腰をずらし、少し照れくさそうに口を開いた。
「俺はユリク・エルネス。森の外れの村の生まれだ。親父は狩人で、弓は幼い頃から仕込まれた。……性格はバルドみたいに派手じゃないけど、仲間の背中を守る矢なら必ず放つ。真時、俺はお前のことも守るからな」
「頼もしいな」真時が微笑むと、ユリクは少し耳を赤くした。
最後に、レオンが背筋を伸ばして静かに言葉を紡ぐ。
「レオン・ハルディス。大盾と、ショートソードを使う。父の代から続く家の伝統だ。生まれはリュメル近郊だが、今はこの街そのものが故郷だと思っている。……俺は理屈っぽくて不器用だが、仲間を裏切るつもりは毛頭ない。それだけ覚えておいてくれ」
短く、だが重みのある言葉。
三人の自己紹介を聞き終え、真時は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……みんな、ありがとう。改めて聞くと、俺は本当にすごいやつらと組んでるんだな」
バルドが大げさに腕を組み、にかっと笑う。
「当たり前だろ! だからお前も胸張っとけ、“真時”!」
その言葉に、ジョッキが再び掲げられた。
――互いに本当の名と背景を打ち明け合ったことで、四人の絆はまた一層、固く結ばれていったのだった。




