報告
――夜明け前、ようやく街の城門が見えてきた。
背後の森はまだ不気味な静けさを湛えていたが、追撃の気配はない。
必死に荷馬車を走らせた商人たちも、安堵の吐息を漏らした。
門番が松明を掲げて声を張る。
「夜明け前とは珍しいな……! 護衛依頼の商隊か!」
先頭の商人が、息を荒げながら答えた。
「そ、そうだ! ゴブリンの群れに遭遇したが、彼らのおかげで……! 全ては彼らのおかげなのだ!」
門番は驚きに目を見張り、すぐに通行を許した。
荷馬車と共に街へ入った一行は、そのままギルドへと直行する。
――冒険者ギルド、大広間。
商人は報告を終えると、坂田の姿を見て再び深々と頭を下げた。
「積み荷も人も、誰一人欠けずにここへ辿り着けたのは、あなた方の尽力に他なりません! 特に彼がいなければ……」
坂田は椅子に横たえられ、荒い呼吸を繰り返している。
黒ずんだ血が口元に滲み、額には冷や汗が浮かんでいた。
「誰か! 治療師を呼んでくれ!」
ユリクが声を張り上げる。
「既に手配しました」
厳しい表情のギルド員が歩み寄る。
「依頼は成功です、商隊と積み荷は無事、護衛任務は完遂と認めます。ですが、この方の様子はただ事ではないですね」
レオンが短く頷く。
「スキルの代償です。……命を削って戦った」
ギルド員が
「なるほど……詳しくは聞きませんが、冒険者の力には時に、そういう“歪み”がつきまとうものですね」
ちょうどその時、治療師が駆け込んできた。
白い外套に身を包んだ老齢の女性で、杖の先に淡い光を宿している。
「どきなさい!」
彼女は坂田の傍らに膝をつき、胸に手を当てた。
――柔らかな光が坂田の体を包み込む。
しかし治療師の顔は、次第に険しくなる。
「……これは……ただの傷や毒ではない。生命力そのものが削られている……! しかも、何か得体の知れぬ力に食われるように……」
ユリクが不安げに声を上げた。
「治せるのか……?」
老女は唇を噛み、しばらく沈黙した後に答えた。
「……一時的に命を繋ぐことはできる。だが、根本的に回復させるには……別の手立てが必要だろう」
バルドが呻く。
「くそ……! じゃあ坂田は、このままじゃ――」
「大丈夫だ……」
弱々しい声が割って入った。坂田だ。
「生きてりゃ……まだ賭けられる……だろ……」
その言葉に、場の空気が一瞬だけ軽くなった。
だが仲間たちは分かっていた。
坂田の命を削る博打は、そう何度も許されるものではないということを。
――護衛任務は成功し、報酬も約束された。
だが同時に、坂田の身体には新たな危機が刻まれていた。
そしてその行く末が、次なる冒険の火種となることを、誰も疑ってはいなかった。




