転移
――白が、砕けた。
次の瞬間、真時たちは眩い光の中に放り出された。
足元の感触が戻る。だがそれは、雪ではない。
「……ここ、は……」
クレアが息を呑む。
地面は硝子のように滑らかで、白でも黒でもない――
透き通った“闇の結晶”のような素材で覆われていた。
踏むたびに低く音が鳴り、その波紋が地平へと伝わっていく。
空は灰色と蒼が溶け合ったようで、どこにも太陽はない。
ただ、遠くの地平線が淡く光っている。
ユリクが低く呟いた。
「……ここ、現実じゃない……」
「つまり、魔法陣が繋がっていた“向こう側”か」
バルドの声にも警戒が滲む。
真時は周囲を見渡し――息を呑んだ。
黒く結晶化した“何か”が、そこかしこに立っていた。
近づくと、それが人の形をしていることがわかる。
「――っ」
クレアが膝をついた。
それは、商隊の人間たちだった。
荷車の横に座る老人、手綱を握ったままの商人。
近くには冒険者の姿もある。
みな、黒い結晶に包まれたまま、動かない。
驚愕も恐怖もそのままに凍りついたような表情で。
「ひどい……まるで、時間ごと封じられたみたい」
クレアが手を伸ばそうとするが、真時が止めた。
「触るな。……まだ、生きてるかもしれない」
彼は結晶の表面に指をかざす。
微かな魔力の鼓動がある。
けれどそれは生命のものではない――
まるで“記録”が残響しているだけのようだった。
「これは……焼かれた民の呪いと同質……でも、もっと深い」
ユリクが目を細め、弓を下ろす。
「こんなの、見たことない。魂が“閉じ込められてる”」
そのときだった。
――カァン……。
遠くで、澄んだ音が鳴った。
鐘のような、氷の割れるような音。
誰もいないはずの空間に、声が響く。
「……また、来たのか」
声は低く、乾いた風のようだった。
どこからともなく流れてくるが、確かに“そこにいる”と感じる。
真時は一歩前へ出た。
「……お前が、ここを造ったのか?」
「造った? 違う。残った、だけだ。
お前たちの世界が捨てた“記録”が、形を持って漂っている。彼らは、それに触れた」
「……記録?」
「生者は、過去を忘れる。
だが死者は、覚えている。
炎の痛みも、風の叫びも――誰かが閉じ込めれば、こうなる」
レオンが小声で言う。
「なんだそいつ、神様か亡霊か……」
「どちらでもない。私は、風鳴らぬ丘に縛られた“記録”の主だ」
その声が、空全体を震わせた。
結晶化した商隊の影が、微かに揺らぐ。
まるで、呼吸を取り戻そうとするように。
真時は拳を握る。
「……彼らを返せ。依頼を果たすためにも、ここで終わらせる」
「返す?それは“過去”に逆らうことだ」
声が低く笑う。
硝子の地面が光り、結晶が一斉にひび割れ始めた。
「試すがいい。――私に見せてみろ」
次の瞬間、黒い結晶が砕け、光が爆ぜた。
商隊と冒険者たちの影が、歪みながら立ち上がる。
――その瞳は、もう人ではなかった。




