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異世界ギャブル勇者〜確率を超えて〰️  作者: 海木雷


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雪の亡霊

――風が、軋んだ。


真時の足元で、円陣の紋様が再び光を放つ。

地中から、何かが這い出すような音。雪が押し上げられ、黒い影が立ち上がった。


「……ッ、何か出る!」

クレアの声と同時に、雪煙が弾ける。


現れたのは――黒い人の形をした何かだった。

焦げた皮膚。灰色の骨が露出し、背には風化した旗のような布がまとわりついている。

目の奥が、青白く燃えていた。


「まさか……“焼かれた民”が、形を取って!」


黒い巨影が咆哮した。

風がねじ切れ、雪が空へ吸い上げられていく。

丘全体が軋み、崩れかけた石柱が次々と倒れていった。


「くそっ、これじゃ近づけない!」

レオンが踏みとどまり、盾を地に突き立てる。

その背後でクレアが魔力障壁を展開し、ユリクが矢を連射する。

けれど――黒い炎が一度吹き荒れるたび、彼らの攻撃は霧散した。


真時は、黙ってその光景を見つめていた。

右手を、布袋へ。

指先が、ひとつの金貨をつまみ出す。

艶を失った、最後の一枚。


「……ここで使うしかないな」


仲間たちが振り向く。

レオンが叫んだ。

「おい真時、使うのか―!」


だが、真時はもう歩き出していた。

黒い影の正面へ。

吹き荒れる灰風の中、その金貨を指で弾く。


――チャリン。


乾いた音が響いた瞬間、世界が止まった。


雪も、風も、炎も――仲間の動きすら凍りついたように静止する。

音が消える。

ただ真時だけが、呼吸をしていた。


「《スキル起動――競馬》」


足元の雪が光に変わる。

地平線まで続く白の丘が、ゆっくりと“変わって”いく。

風が流れ、歓声が遠くから響いた。


そこに現れたのは――雪の競馬場。


凍てつく空気の中、真白なコースが一直線に延び、氷の観覧席には無数の影が揺れていた。

そして、スタートゲートには六頭の馬が並んでいた。


一頭目――黒鉄の鬣を持つ巨馬。吐く息は蒸気ではなく煙のように黒く、蹄が地を踏むたび火花を散らす。

二頭目――白銀の馬。まるで雪そのものを纏っており、毛並みは氷片のように光る。

三頭目――栗毛の小柄な牝馬。瞳は柔らかく、雪を踏む音すら穏やか。

四頭目――灰青の馬体を持ち、風を纏うように揺らめいている。鬣が流れのように揺れ、目は真っ直ぐ前を見据えていた。

五頭目――血のような赤毛の暴れ馬。鼻息が荒く、地面を掻くたびに霜を割った。

六頭目――透き通るような白馬。その体からは光がこぼれ、まるで幻のように存在していた。


真時は、ゆっくりと息を吐いた。

(こいつらは……俺の“運”そのものか)


彼の目が、二頭に止まる。


ひとつは――風を纏う勇ましき灰青の馬。

もうひとつは――穏やかに首を振る、柔らかな瞳の牝馬。


「お前らか」

真時は金貨を握りしめた。


「風の勇馬と、雪の牝馬……馬連、一枚。」


金貨が光の欠片となって消えた瞬間、ゲートが開く。


――カァンッ!


蹄の音が雪を割り、風が咆哮のように吹き抜けた。

六頭の馬が一斉に駆け出す。


灰青の馬は矢のように前へ。

その脚には風が集まり、周囲の雪を巻き上げる。

栗毛の牝馬はその少し後ろ――柔らかく、だが確実に彼を追うように走る。

彼女の通った後には、雪が静かに溶け、光の花が咲いた。


真時はその光景を見つめながら、低く呟く。

「……頼む。風を、還してくれ」


馬たちはコースを駆け抜ける。


ゴール直後灰青の馬と小さな栗毛の馬が並んだ。

二つの影が一瞬、重なった瞬間――


――轟音。


世界が弾けた。

時間が色を取り戻す。

雪原が再び戦場に戻る。

真時の前に、巨大な風の柱が立ち上がり、その中心で“黒い巨影”が吹き飛ばされる。


「な、なにをした……真時!?」

レオンが叫ぶ。


「“運”を賭けた。ただそれだけだ」


風の柱が渦を巻き、光が弾ける。灰青の馬と栗毛の馬の幻影が天へと駆け上がり、尾を引くように雪を散らす。

その光が黒い影の胸を貫き、炎の中で――悲鳴とも祈りともつかぬ声が、風に溶けた。


――風よ、我らを記せ。雪よ、我らを覆え。


戦いが終わった時、丘にはただ静かな風が吹いていた。

焼けた灰も、呪いの影も、すべて雪に還り、白く包まれていく。


真時は、空を仰いで小さく笑った。

「……やっと、風が鳴ったな」


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