繋ぐ
――セリドの街。
灰の竜が消えたあと、真時たちはガルド高原をあとにした。
沈黙の中を、ただ風の音だけが追ってくる。
それは戦いの名残のようであり、魂たちの別れの声のようでもあった。
街の門が見えた頃には、空はすでに茜色に染まり始めていた。
冷え切った身体を引きずりながら、五人はようやくセリドの灯の中へと戻ってくる。
「体がもう限界」
クレアが笑いながら額の汗を拭う。
「宿に戻る前に、飯……だな」
レオンが腹を押さえると、ユリクが指を立てた。
「そういえば、通りの北に酒場があるって聞いたよ。〈グリント・バレル〉って店。冒険者がよく行くって」
「酒場か……」
真時は少しだけ迷うような顔をした。
だが――
「……いいな。行こう」
扉を押すと、温かな空気と賑やかな笑い声が一斉に押し寄せてきた。
灯りはオレンジ色で、壁は木の板張り。天井から吊るされたランプの炎が、微かに甘い酒の香りと混ざり合っている。
「おお、見ない顔だな?」
カウンターの奥から声が飛ぶ。
屈強な店主が笑いながらジョッキを拭いていた。
「そんなところです」
レオンが肩をすくめて答え、五人は空いていた丸テーブルに腰を下ろす。
椅子の軋む音さえ心地よく感じられた。
「初めてかい? うちの店」
店主が笑いながら、木製のジョッキを並べていく。
「ここの麦酒は少し苦いけど、疲れた体にはよく効く。あと、今日のおすすめは鹿肉の煮込みだ」
真時はジョッキを両手で受け取った。
酒場という空間は、自分にとって未知の場所だった。
人の声、皿の音、暖炉の火――どれも現実の証のように感じる。
バルドが豪快に飲み干し、ユリクがパンを千切って笑う。
「やっぱ、こうでなくっちゃな! 戦いの後の一杯は最高だ!」
「飲みすぎて倒れるないでよ」
クレアが呆れ顔をしながらも微笑む。
そのときだった。
隣の席で誰かが話す声が、ふと真時たちの耳に入った。
「なあ、ルナロイドのこと、覚えてるか?」
真時の手が止まった。
レオンも顔を上げ、クレアの瞳が静かに揺れる。
「ルナロイド……?」
「昔、北の方にあった国だよ。
戦争で滅んだって話だが、詳しいことは誰も――」
「いや、最近になってよく聞く話だ」
別の男が続ける。
「不思議だよな。まるで、記憶の中から突然戻ってきたみたいで……」
店のあちこちで同じような声が上がっていた。
“ルナロイド”という名が、人々の口の中を自然に転がる。
まるで、ずっと昔からそこにあったかのように。
「……記録が、戻った」
ユリクが呟いた。
真時は静かに頷く。
掌の中、ポケットに忍ばせた蒼い結晶が、かすかに脈動していた。
魂竜が託した“記録”。
それが、確かに人々の記憶を呼び戻している。
「……あいつらが、繋いだんだな」
レオンが低く言う。
「でも、パスパーレンはどう動く?」
バルドの声には、もう戦士の覚悟が宿っていた。
「消した側が気づけば、再び封じようとするはずよ」
クレアが唇を噛む。
「――その前に、私たちが動かないと」
真時はジョッキを傾けた。
苦味とともに、喉を流れる温かさが心の底まで染み渡る。
「ジュニスタ中立連合国へ行こう」
ユリクが目を上げる。
「ジュニスタ? 交易と情報の中心地……どこの国にも属さないあそこなら、真実を掘り出せるかもしれない」
「決まりだな」
レオンがジョッキを掲げた。
「ルナロイドの魂が眠りについたなら、次は“生きる者”の番だ」
五つのジョッキが触れ合い、澄んだ音が響く。
その音は、喧騒に溶けながらも、不思議と長く残った。
窓の外では、雪が静かに降り始めていた。
街灯の光を受けて、白い粒がゆっくりと舞い落ちる。
それは、まるで――
失われた記録の断片が、もう一度この世界に降り積もっていくかのようだった。
そして、真時たちは決意する。
ルナロイドの魂に応えるために、
“消された真実”を暴くために――
次の地、ジュニスタ中立連合国へと旅立つことを。




