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異世界ギャブル勇者〜確率を超えて〰️  作者: 海木雷


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ガルド高原

空はまだ灰色の薄膜に覆われ、太陽の光は雲の裏側で息を潜めていた。

セリドの街を出て、北街道を行く五人の影が長く伸びていた。

雪解けの泥を踏む音、馬の鼻息、遠くで割れる氷の音――それ以外、何もない。


真時は、昨夜からほとんど口を開いていなかった。

指先には、まだ微かに銀の匂いが残っている。

砂のように崩れたパチンコ台。

光の数字。

そして、淡く震えて北を指した“あの線”。


――見たのは、自分だけ。


あの夜、誰にも言わなかった。

信じてもらうことが目的じゃない。

これは、記録に残らないものを探す旅だから。


「なぁ、真時」

後ろからレオンの低い声が届いた。

「本当に、北でいいんだな?」


「……ああ」

返事は短く、しかし確固としていた。


「理由を聞いてもいいか?」


真時は少し考え、首を振った。

「説明しても、たぶん伝わらない」


レオンはそれ以上何も言わなかった。

その代わりに、バルドが不満げに鼻を鳴らす。

「雪は残ってるし、獣は腹をすかせてる。

 何があるかも分からねぇのに」


「分からないから行くんだろ」

ユリクが軽口を叩くように笑った。

「真時の“勘”ってやつは、たまに当たるんだよ。半分くらいの確率でな」


「半分じゃ命が足りねぇ」

バルドの言葉に、クレアが小さく笑った。

「それでも、あなたたちは付いていくんでしょう?」


「……お前もな」

「ええ、もちろん」

クレアは小さく肩をすくめ、風に揺れる髪を押さえた。

「誰かが“風の声”を聞けるかもしれないから」


その言葉に、真時が一瞬だけ目を向けた。

だが、彼の中では別の“声”が鳴っていた。

昨夜のあの光が、まだ瞼の裏で瞬いている。


――あれは導きだ。

――ルナロイドの記憶が残した、最後の道標。


誰に説明できるだろう。

砂の台から生まれた光が、消えゆく世界の底で、

ひとつの“記録”を呼び戻そうとしている――などと。


彼は無意識にポケットの中の銀貨を指でなぞった。

冷たさはすでに消え、代わりにほんのりと温もりを帯びていた。

まるで、まだどこかで“回転”を続けているように。


「真時、顔色が悪いぞ」

レオンが声をかける。

「休憩するか?」


「大丈夫」

短い返答。

「……光を見たんだ」


「光?」

レオンが眉をひそめた。

「何の話だ?」


真時は一瞬迷い、そしてかすかに首を横に振った。

「いや……何でもない」


彼だけの“幻”。

そう言い聞かせるように、唇を噛む。


――けれど。


風が変わった。

北から吹く気流が、ひときわ鋭く、冷たくなった。

砂に雪が混じり、地平線が白くかすんでいく。


ユリクが手をかざして目を細めた。

「うわ……これが“風害地帯”か」


「風が鳴いてる……」

クレアが呟いた。

「この音……竜の声みたい」


バルドが周囲を見回す。

「竜なんているもんか。……なぁ、真時、お前何か感じるか?」


真時は答えず、北を見据えた。

そこに、他の四人には見えないものがあった。


黒ずんだ塔の影。

崩れかけた石の輪。

そして、その上をゆらりと漂う白金の光。


――導きの線が、まだそこにある。


砂の上に浮かぶ淡い光の糸は、まるで風と一緒に震えている。

誰も気づかない。

見えているのは、真時だけ。


「……ここだ」

彼は呟いた。


レオンが振り返る。

「ここ? ただの丘じゃないか」


「違う」

真時の声が低く響く。

「この下にある。“記録”が」


レオンが黙り、ユリクとバルドが顔を見合わせる。

クレアは小さく息を呑み、風の音に耳を傾けた。

「……何か、眠ってる。深いところに」


その瞬間、地面がわずかに震えた。

砂が細かく波打ち、足元の雪が舞い上がる。

風が、低く唸り始める。


真時の髪が揺れ、彼は目を細めた。

――聞こえる。

言葉にならない声。

遠い記憶の残響。


風鳴りの向こうで、誰かが彼の名を呼んだ気がした。


瞬間、風の音が止んだ。

あたりの空気が凍りつく。

次の瞬間――地平の先、崩れた塔が閃光に包まれた。


他の四人には、ただ雪煙が舞ったようにしか見えなかった。

だが真時には見えた。

塔の上に、淡い光の輪が――

まるで、誰かが“再び世界を起動しようとしている”かのように――。


「行こう」

真時が静かに言った。

その声は、祈りと決意の中間のようだった。


彼らは歩き出す。

吹き荒ぶ風の中、たった一人だけが“導きの光”を追いながら。


――ガルド高原。

消された国の記録が、今、再び目を覚まそうとしていた。

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