宿
――夜更け。
街の喧噪が消え、窓の外では、風が雪解け水を揺らしていた。
セリドの宿の一室。
その片隅で、真時はひとり机に向かっていた。
蝋燭の炎が、疲れきった横顔を揺らめかせる。
彼の前にあるのは、一枚の銀貨―
真時はその銀貨を、ゆっくりと机に置いた。
指先がわずかに震える。
彼の唇が、祈るように呟いた。
「……スキル、パチンコ。起動」
その瞬間、空気すら止まった。
机の上に淡い光が集まり、砂のような粒子が舞い上がる。
やがて銀貨の下にパチンコ台が現れた。
だが、それはもはや“遊戯機”とは呼べぬほど儚い。
金属ではなく、砂でできたような形。
縁は崩れかけ、盤面の模様は風にさらわれるように薄れていく。
それでも確かに、パチンコ台の面影を残していた。
真時は息を吐き、銀貨を軽く弾いた。
カラン、と乾いた音。
銀貨は宙を舞い、淡い光を纏って、いくつもの小さな光を放つ球に変わり、ゆっくりとその砂の台に落ちる。
球は転がりながら、小さな音を立て、
まるで“時”そのものが再生されるように、光の粒が軌跡を描いていく。
――カラ、カラ、カラ……。
盤面の奥、砂が崩れ、わずかに光の数字が浮かび上がる。
「……頼む。もう一度……導いてくれ」
真時の声は、祈りにも似ていた。
光の数字が、一つ、また一つ、止まっていく。
その光は弱く、砂嵐に消されそうなほど淡い。
――5。
――5。
――5。
三つの「5」が揃った瞬間、
静かな、まるで涙のような光が台の中央からこぼれ出した。
派手な音も、眩い閃光もない。
ただ、消えゆく世界の隙間から、細く寂しい光が漏れている。
真時は息を呑んだ。
その光が、北の方角――地図の上の一点を指し示している。
ガルド高原。
光は震えながら、壁に淡い影を映し出した。
それは、崩れた塔、風化した祭壇、
そして――黒く焦げた結晶の柱。
映像は一瞬で消え、光の線もやがて溶けていく。
まるで存在そのものが、
「もう記録に残る価値もない」と言わんばかりに。
「……そうか。まだ、残っているんだな」
真時は小さく呟き、砂の台に手を伸ばす。
指先に触れた瞬間、それはさらりと崩れ、
砂が零れ落ちるように、音もなく消えていった。
時が動く。
そして、遠雷――ガルドの方角。
真時は低く息を吐く。
「ルナロイド……お前の記憶、まだこの世界のどこかに眠ってる」
「なら、掘り起こしてやるさ。砂の底に沈んでてもな」
立ち上がると、窓を開けた。
冷たい風が頬を撫で、薄雲の間から星が覗く。
彼は静かに目を閉じた。
その光景は、どこかで聞いた鎮魂歌のように、静かで、そして悲しかった。
――翌朝。
夜明け前の街を抜け、五人は北へ向かった。
ガルド高原――“消された国”の痕跡が、いまも砂の下で息をしている。




