連戦
――炎と血煙の余韻がまだ渦巻く闇の中。
石壁に浮かぶ光紋は脈動するように強く輝き、洞窟全体を赤黒い光で染め上げていった。
地面が震える。足元の石が小刻みに跳ね、瓦礫が落ちる音が不気味に響き渡る。
「来る……!」
レオンが盾を構え直す。
低く唸る声は、もはや耳ではなく胸骨に直接響くような重低音へと変わっていた。
そして、闇を裂くように巨大な影がゆっくりと姿を現す。
――四肢は狼に似ている。だがその大きさは馬をも超え、黒煙のような毛並みが常に揺らめいている。
赤い双眸は獰猛さを宿しながらも、人の言葉を理解していそうな理性の光を秘めていた。
「シャドウ・ロード……!」
ユリクが青ざめた声をあげる。
「群れの王だ。まさか……こんな階層に現れるなんて!」
巨狼は口を開き、灼けるような闇を吐き出す。
それは炎でも冷気でもない――影そのものを削ぎ落とすような、存在を蝕む黒いブレスだった。
「やばいっ……!」
クレアが杖を振りかざし、即座に防御の結界を張る。
だが影の奔流が結界に叩きつけられた瞬間、魔法陣はバチバチと音を立ててひび割れていく。
「このままじゃ持たない!」
真時は奥歯を噛みしめ、再び銀貨を握った。
汗で濡れた掌に、冷たい金属の感触が心地よいほど鋭く伝わる。
「……もう一度だ」
彼は息を吸い込み、叫んだ。
「スキルスロット――発動ッ!」
――カァン!
再び世界が止まる。
リールが唸りを上げ、赤い残像を残して回転を始める。
真時の額からは血のように濃い汗が流れ落ちる。
(頼む……今度は、あいつを突破できる力を……!)
銀貨三枚。
叩き込む。
――リールが止まった。
――《雷》《獅子》《剣》
世界が色を取り戻す。
「……っ!?」
目の前が閃光に包まれた瞬間、仲間たちの身体を稲妻が駆け抜けた。
レオンの盾に雷の紋章が刻まれ、打ち返す一撃ごとに電撃が迸る。
ユリクの瞳は黄金に輝き、弦を引くたびに雷鳴を孕んだ矢が放たれる。
バルドは雷を纏った獅子の幻影に重なり、咆哮とともに大剣を振るうたび大地が震えた。
クレアの魔法は稲光に導かれるように増幅し、詠唱の速度が倍増する。
「これなら……っ!」
真時は息を呑む。
雷鳴が轟き、炎が舞い、光が闇を裂く。
シャドウ・ロードが牙を剥いた瞬間、獅子の幻影を纏ったバルドの一撃が黒狼の肩を切り裂いた。
血ではなく――影が飛び散る。
だが巨狼はなおも倒れない。
むしろ傷口からはさらなる闇が噴き出し、洞窟全体を覆い尽くしていく。
「まだだ……まだ終わらないッ!」
真時は握りしめた最後の銀貨を見下ろした。
――あと一度だけ。
この一撃で、決めるしかない。
――轟く咆哮が、空気そのものを震わせた。
雷鳴と炎の奔流に包まれながらも、巨狼――シャドウ・ロードはなおも立っていた。
だがその赤い瞳は、もはや獲物を狩る獣のものではない。
燃えるように鋭かった眼差しが、ゆっくりと――どこか冷静に、真時たちを見つめていた。
「……止まった?」
ユリクが弓を構えたまま、息を呑む。
巨狼は低く唸り声をあげる。
だがそれは威嚇でも怒りでもなく、まるで……何かを確かめるような声だった。
バルドが剣を振り上げる。
「まだやれる! ここで仕留め――」
「待て!」
真時が叫んだ。
仲間が動きを止める。
巨狼の影が揺らぎ、その輪郭が変わり始める。
黒煙が晴れ、毛並みは銀灰色へと変化し、瞳からは赤黒い光が失われていく。
――現れたのは、堂々とした巨躯を誇る“影狼の王”。
威圧的でありながらも、気高い存在感を纏っていた。
「試したのか……」
真時の口から、自然に言葉が漏れる。
巨狼は無言のまま歩み寄る。
その瞳にはもはや敵意はなく、ただ静かな力の光が宿っていた。
――そして、真時の目の前で立ち止まり、頭を垂れる。
「……っ!」
レオンが目を見開く。
「これは……まるで、認めているようだ」
真時の手から、最後の銀貨がするりと零れ落ちる。
カラン……と乾いた音を立てて転がり、光紋の上で静止した。
すると壁の光紋が穏やかに輝き、低く重厚な声が洞窟全体に響き渡った。
――『よくぞ乗り越えた、勇敢なる者たちよ。
汝らの絆、汝らの力……確かに見届けた。』
それは狼の声ではない。
だが、確かに巨狼を通じて語られている声だった。
『進め。次の階層へ。
ただし忘れるな――この力は己らの欲望のためではなく、仲間と歩むためにある。』
言葉と同時に、シャドウ・ロードの巨体は光の粒子となって消えていった。
洞窟の奥、漆黒の扉が開かれていく。
静寂。
「……認められた、ってことだな」
レオンが呟いた。
真時は膝に手をつき、深く息を吐いた。
「……ああ。けど――次はもっと、厳しい試練が待ってるはずだ」
仲間たちがうなずく。
その表情には恐怖ではなく確かな誇りが宿っていた。
――こうして、第一階層の“影の試練”は終わりを告げた。




