休養
――深い森の奥。
木漏れ日の下で、ようやく一息ついた中段チェリーの面々は互いに視線を交わした。
「……とりあえず、動くのは無理だな」
レオンが鎧を脱ぎ捨て、息を吐く。肩口の傷は深く、血が乾いて黒ずんでいた。
「だな。今は休むしかねぇ」
バルドは大剣を土に突き刺し、腰を下ろす。どこか安堵の笑みを浮かべながらも、瞳には疲労が色濃く宿っていた。
ユリクは黙って周囲を歩き、森の様子を観察していた。
「……動物の気配はあるが、魔物の痕跡はない。南方系の森らしいが、詳しい場所まではわからん。今は安全そうだ」
「よし、それならここでキャンプだ」
レオンが声を上げた。
彼の手は震えていたが、それでも仲間のために火打ち石を取り出す。
火がともり、薪がぱちぱちと爆ぜる。
それだけで、血に染まった戦場の残滓は、ほんの少し遠のいた。
「……二日は休もう。体が限界だ」
レオンの言葉に、全員が無言で頷く。
――夜。
焚き火の炎が揺れ、疲弊した身体を温める。
それぞれが木に背中を預け、倒れ込むように眠っていった。
だが、真時だけは浅い眠りの中で幾度も目を覚ました。
血のメダルの代償がまだ体を苛んでいるのだ。
「……クソ、動くたびに痛ぇ……」
吐息と共に呟いたその声に、隣で目を開けていたクレアが気づく。
「無理に動かないで」
そう言って、そっと真時の手を握った。
焚き火の光に照らされたクレアの瞳は、涙を含みながらも揺るぎない強さを宿していた。
「あなたが生きていてくれるだけで、私は……」
真時は苦笑し、声にならない声で答える。
「……ああ……俺も、まだ……みんなといる……」
やがて、森を渡る夜風が彼らを包み、火の粉が天へと消えていった。
――二日間。
彼らは森で体力を回復し、焚き火のそばで眠り、簡素な食事を分け合った。
命の安堵と、これから待ち受ける未知の不安を抱きながら。
そして三日目の朝。
ようやく全員が歩けるだけの力を取り戻した時、森の奥から鳥の羽音とともに――人の気配が近づいてきた。
新たな出会いの兆しだった。
――森の静寂を破るように、草むらがざわめいた。
レオンが反射的に構え、バルドも大剣に手をかける。
だが、ユリクが素早く手を上げて制した。
「待て。……敵じゃない」
姿を現したのは、褐色の肌に緑を編み込んだ衣をまとった人物だった。
背は高く、鹿の骨で作られた首飾りを揺らしながら、静かな足取りで近づいてくる。
その眼差しは鋭いが、武器を抜く気配はない。
「……バルバラ人だ」
ユリクが低く呟く。
「バルバラ人?」クレアが眉を寄せる。
ユリクは頷き、視線を向けたまま説明する。
「森に生きる民だ。王国の版図にも従わず、古来から森と共に暮らしている……俺も噂でしか聞いたことがない」
バルバラ人は一歩進み、片手を胸に当てると、静かな声で言った。
「……外の者たちよ。なぜ、禁じられた森にいる?」
その言葉は訛りがあったが、不思議と理解できた。
緊張が走る中、バルドが苦笑しながら肩を竦める。
「いや、俺たちもよくわかんねぇんだよ。気づいたらここに転がってただけだ」
真時はまだ痛みに顔をしかめながらも、声を絞り出す。
「……俺たちは戦場から……巻き込まれて……ここに……」
その言葉に、バルバラの人物は目を細め、沈黙する。
やがて低く、しかし確かに聞こえる声で呟いた。
「……運命に選ばれし者か。あるいは……森に試される者か」
仲間たちは互いに顔を見合わせる。
ここがどこなのかも、なぜ転移したのかも分からない。
だが――この森に住む「バルバラ人」との邂逅が、新たな道を開くことになるのは間違いなかった。




