レース
轟音のような号砲とともに、地獄の競馬場が唸りをあげた。
屍馬たちが一斉に駆け出す。
泥と血の混じる地面を蹴り、腐肉の蹄が飛沫を撒き散らす。
真時が賭けたのは――ひときわ小さな栗毛の屍馬。
他の馬に比べれば、あまりに頼りなく見えた。
だが、だからこそ「軽い」。
それに賭けるしかなかった。
「走れ……ッ! 頼む……!」
最初の直線、栗毛はすぐに他の巨体に押され、泥を浴びせられ、後方に沈む。
観客席から嘲笑が響いた。
黒い影の群れが、断末魔のような笑いを上げる。
その嘲笑は、現実の戦場とも重なっていく。
止まった世界の外で、兵士たちの血が噴き出し、屍兵に呑まれていく光景が――幻のように脳裏を刺す。
「……くそっ、立ち上がれ……!」
第二コーナー。
栗毛の馬は蹄を取られ、泥に沈みかける。
だが、狂気に駆られたかのように身を震わせ、再び駆け出した。
その姿に真時の心臓が跳ねる。
残り半周。
他の屍馬たちは肉をぶつけ合い、牙を剥き、競走というより殺し合いの様相を呈していた。
次々と血飛沫が舞い、首の折れた馬が泥に沈んでいく。
その混乱の隙を縫うように、栗毛はじりじりと順位を上げていく。
細い脚が、必死に地を蹴り続ける。
「いけぇぇッ!!」
最終直線。
目の前には巨大な黒馬。
真時の栗毛は、その影に飲み込まれそうになる。
――だが。
最後の瞬間、痩せた体を震わせ、栗毛は牙を剥くように首を突き出した。
泥を撒き散らし、ゴール板を――ギリギリで駆け抜けた。
次の瞬間、観客席が轟然と揺れた。
咆哮、悲鳴、嘲笑、歓喜――あらゆる音が入り乱れ、地獄の競馬場を震わせる。
だが、その中心にいる真時の耳に届いたのは、ただひとつ。
――勝った。
栗毛の馬がゴール板を駆け抜けた瞬間、地獄の競馬場が爆ぜるように揺れた。
血のメダルが砕け、紅の光が真時の身体へと吸い込まれる。
痛みが全身を貫き、吐き気が込み上げる。
だが、同時に――胸の奥で、世界が裂ける感覚が走った。
「……っ、これは……!」
視界の縁が光に溶け、足元の地面が一瞬で蒸発する。
真時の身体が、空気を切り裂くように、現実と戦場の間を飛び越えた。
一瞬の転移。
周囲の兵士たちも、もちろん止まったまま。
しかし、真時の周囲には、栗毛の馬と共に、時を止めたままの仲間たちだけが浮かぶように現れた。
背後の追撃者たちの絶叫が、遠くで反響する。
「行くぞ、みんなッ!」
振り返れば、黒旗の軍勢がゴールに触れんばかりに迫っている。
だが、彼らはもう届かない。
短い時間でも、絶望の戦場を突破するだけの距離を、真時のスキルが生んだのだ。
血にまみれた戦場を抜け、破壊された砦の外壁を振り返ると――
「……これが、ギャンブルの勝利だ」




