光の柱
――ガリニ砦・正面
夜気を震わせる鬨の声のあと、敵軍三千はすぐに攻めかかるわけではなかった。
松明の炎に照らされ、砦正面の平地にずらりと並び、まるで見せつけるように布陣していた。
盾を前に構えた歩兵、その背後に槍兵、さらに後列には弓兵と魔導士らしき影。
小勢でありながら陣形は乱れなく、むしろ不気味なほど整然としている。
「……攻めてこない?」
城壁の上で弓を構えた兵が、思わず仲間に囁く。
バルドが顔をしかめて吐き捨てた。
「何を企んでやがる……威嚇か、それとも時間稼ぎか?」
レオンは真剣な眼差しで陣を見下ろす。
「いや……挑発だな。正規軍が砦内に布陣しているのを承知で、敢えて正面に居座っている。こちらを動かすのが狙いだ」
ガロルドが低く唸った。
「背後にまだいる可能性が高い。三千は囮かもしれん」
将軍も同じ考えに至ったのか、部下に命じる。
「伝令! 砦背後の丘、そして森の両翼にも監視を強化しろ! 斥候はもはや期待できん、兵の目で確かめろ!」
「はっ!」
伝令が駆け出し、砦全体に命令が伝わっていく。
だが、敵軍三千は動かない。
松明の列が夜の平原に浮かび、砦をじっと睨みつけるその姿は、まるで無言の圧力だった。
真時は思わず息を呑んだ。
(……動かない。けど、動かない方が余計に怖い……)
砦正面に広がる黒い陣列。
その静止は、逆に嵐の前触れを思わせるものだった。
やがて。
敵陣の中央から、異様に大きな旗がゆっくりと掲げられた。
それは禍々しい黒地に赤い紋章――見た者の心をざわつかせる、不吉な印だった。
――ガリニ砦・正面
黒地に赤の紋章旗が高々と掲げられた瞬間。
「……ッ?」
兵士の達が耳をふさぐ。
砦の後方――つまり味方の国、ルナロイド王国の方角から、地の底を揺さぶるような不気味な叫び声が響いた。
人の声ではない。
無数の獣が同時に吠えたようでもあり、死者の呻きが重なり合ったようでもある。
「な、なんだ今のは……!」
「後方だ! 砦の外じゃない、もっと遠く――!」
叫び声に釘付けにされた兵士も冒険者も、反射的に振り向く。
次の瞬間――。
ルナロイド王国方面の地平線から、蒼白い光の柱が立ちのぼった。
空を裂くほどの巨大な光。
夜空を突き抜け、星々さえかき消すほどの輝きが一瞬で辺りを照らす。
「光……だと……!?」
「な、なぜ王国の方角から……!」
砦の中庭にいた者も、城壁に立つ者も、誰もが息を呑む。
後方からの光に目を奪われ、正面に布陣する敵軍を忘れる程の光。
ルナロイド本国に何が起きたのか。
それはまだ誰にも分からなかった。
ただ確かなのは――光の柱が立ち上がった瞬間、砦全体を覆っていた均衡が大きく揺らいだこと。
そしてその隙を突くように。
正面の敵軍三千が、一斉に鬨の声をあげて前進を始めた。




