持久戦
――ガリニ砦・外
瓦礫の山となった城門の前に、冒険者と傭兵たちが盾を並べた。
崩れた石材や折れた木材を積み上げ、急ごしらえの防壁を作る。
背後にはわずかな焚火の明かり、そして闇に沈む荒野。
「……来るぞ」
ユリクの低い声に、全員が武器を構える。
地響きが近づき、やがて砦の地下から黒い波が溢れ出た。
屍兵の群れ。
首のない躯、折れた腕を引きずる兵士、骨だけとなった騎士が、呻きもなく突進してくる。
「構えろ――押し返せッ!」
レオンの咆哮と共に、盾の壁が屍兵の波を受け止めた。
ガンッ――!
衝撃で前列の傭兵がよろめくが、すぐに隣が支えに入る。
バルドが剣を振り抜き、迫る屍兵を二体まとめて薙ぎ払う。
「かかってこいッ! こっちは退く気はねぇ!」
ユリクの矢が矢継ぎ早に飛び、膝を射抜かれた屍兵が崩れ落ちる。
「転ばせろ! 立ち上がる前に叩き潰せ!」
「――水よ!」
クレアの詠唱と共に、水の刃が前列を薙ぎ払い、数体を粉々に崩す。
しかしその隙間を埋めるように、次の屍兵が這い出してくる。
「止まらせろ! 通すな!」
レオンが盾で突進し、前線を維持する。
それは決して優勢な戦いではなかった。
誰もが理解している。
勝利など望めない。ただ、倒れた仲間を引きずりながら、一秒でも長く踏み止まることが使命だった。
――やがて。
遠方にかすかな角笛の音が響いた。
夜風に運ばれてきたその音は、希望の兆し。
「……援軍だ!」
誰かの叫びに、一瞬だけ空気が震えた。
だがその直後、砦の奥から再び地鳴り。
重い鎧を引きずる音。
青白い光が、瓦礫の奥から漏れ出す。
「巨兵……また来るぞ!」
絶望の波が、希望と同時に押し寄せてきた――。
屍兵の群れをなんとか押し返しながら、冒険者と傭兵たちは防衛線を維持していた。
誰もが息は荒く、盾はへこみ、矢は尽きかけている。
「……っ、まだ持ちこたえられるか?」
バルドが吐き捨てるように言い、剣を振り抜いて屍兵を灰に変えた。
「あと少しだ……! 角笛が聞こえたろ、援軍は来ている!」
レオンが声を張り上げるが、顔には疲労と焦りが隠しきれない。
その時――地面が揺れた。
ゴウン……ゴウン……と、地の底から響く重低音。
「……来るぞ」
ユリクが蒼白な顔で呟いた。
砦の崩れた門の奥。
そこから青白い光が漏れ、瓦礫を押しのけるようにして「巨きな影」が姿を現した。
――首なしの巨兵。
鉄の棺のような胴体に、片腕は盾のような骨、もう一方は大剣のごとき漆黒の刃。
踏み出すたびに大地が沈み、前にいた屍兵すら踏み潰して進んでくる。
「全員、退くな! ここで食い止めろ!」
レオンが吠える。
「無茶だ! あんなの倒せるかよ!」
傭兵の一人が叫ぶが、レオンの眼光が鋭く突き刺さる。
「倒すんじゃない! 止めるんだ!」
真時は歯を食いしばる。
(……そうだ、ここで抜けられたら援軍が来る前に村々が滅ぶ。ギャンブルを使うか...時間を稼ぐしかない……!)
クレアが杖を握りしめ、声を震わせながら詠唱を紡ぐ。
「――凍てよ、水!」
巨兵の足元に氷が広がり、一瞬だけその動きが鈍る。
「今だッ! 足を狙え!」
ユリクの矢が膝に突き刺さり、バルドが大剣を振り抜いて刃を叩き込む。
ギィン――! 火花が散り、巨兵がよろめいた。
しかし、青白い光が激しく脈打ち、巨兵は鈍重な動きを取り戻す。
ゆっくりと、しかし確実に防衛線へ迫ってくる。
「援軍は……まだか!」
誰かの絶望的な叫びが、戦場にこだました。
――勝てない相手を前に。
それでも彼らは、必死に盾を掲げ、剣を振るい、命を削って時間を繋いだ。




