時間稼ぎ
――ガリニ砦・地上
瓦礫の崩落が収まり、ようやく静寂が戻った。
冷気をまとった風が、砦の廃墟を吹き抜けていく。
「……今のままじゃ、また奴らが起き上がったらひとたまりもない」
レオンが盾によしかかりながら言う。
その声はいつになく重く、誰もが沈痛な面持ちで頷いた。
バルドが歯噛みしながら叫ぶ。
「チッ、引き下がるしかねぇのかよ……! だが、確かに今は勝ち目がねぇ」
ユリクは矢筒の底を見せて肩をすくめる。
「弓ももう残りわずかだ。続けりゃ、こっちが先に尽きる」
「援軍を呼ぶしかない」
クレアが強く言い切った。
「ルナロイドに戻って、増援を要請するのよ。あの巨兵は……このままじゃ絶対に倒せない」
一瞬、沈黙が落ちる。
冒険者や傭兵たちは互いに視線を交わし、やがて数人が前に出た。
「俺たちが走る。足には自信があるだ。それに疾風のスキル持ちもいる。」
「一刻も早く伝えねぇと……」
レオンが頷く。
「よし。数人で戻れ。残りはここで砦を封鎖して監視だ。奴らが地上に出てきたら、それだけで終わりだぞ」
真時は唇をかみしめ、去っていく仲間の背中を見送った。
砦の廃墟は、再び不気味な静寂を取り戻す。
だが地の底では、まだ青白い光が脈打っているような気配があった――。
崩れた城門を抜けると、日が暮れている。
荒れ果てた砦の外庭には、かろうじて息をついた冒険者と傭兵たちが集まっていた。
誰もが疲弊し、鎧は血と土に汚れ、矢筒も空に近い。
それでも、全員が剣や槍を構えたまま円陣を組む。
砦の黒々とした影が背後にそびえ、その地下からは未だ不気味な冷気が滲み出していた。
レオンが前に出る。
「聞け! 今の俺たちでは巨兵も屍兵も討ち滅ぼすことはできん!」
その声は疲労を押し殺した鋼の響きで、全員の視線を引きつけた。
「だからここでやるべきは――時間稼ぎだ」
ざわめきが広がるが、すぐに沈黙へと変わる。
皆わかっている。勝ち目などなく、ただ持ちこたえるしかないことを。
バルドが苛立ちを押し隠さずに言う。
「なら、どう持たせる? あの数を正面から相手したら、一瞬で潰されるぞ」
ユリクが地面に枝で簡単な陣形を描く。
「まず砦の入口を狭める。屍兵は押し寄せるだけだ、通路を塞げば数を減らせる」
「それでも巨兵が突破してきたら……?」クレアが不安げに問う。
「その時は、全員で動きを止める!」
レオンが即答した。
「足を撃ち抜け! 水魔法で地面を凍らせろ! 剣で膝を削げ! 決して倒そうとするな、あくまで『止める』んだ」
真時は拳を握りしめながら、仲間の顔を見渡す。
(……そうだ、勝つ必要はない。ただ援軍が来るまで耐えるだけだ)
「援軍が到着するまで、砦の外で防衛線を張る!」
レオンが叫ぶ。
「一人でも抜けたら終わりだ! ここで、全員が踏み止まれ!」
冒険者と傭兵たちは剣を掲げ、短い咆哮をあげて応えた。
だが誰もが知っている――それは決して勝利を目指す叫びではなく、迫る地獄に抗うための、か細い誓いに過ぎなかった。
砦の影がうごめく。
風が冷たく変わる。
次に地の底から這い出てくるものに備え、彼らは牙を食いしばった。




