調査
――翌朝・ルナロイド城壁内
東の空が白み始めるころ、城塞内は既に慌ただしく動き出していた。
昨夜の戦勝を祝う声はなく、代わりに軍鼓の低い響きと兵の整列する足音だけが街を揺らしていた。
作戦室。
地図の上に赤い駒を並べながら、将校たちが早口に言葉を交わしている。
「ガリニ砦は炎に呑まれた。だが、まだ地下や奥に罠が残っている可能性がある」
「残敵の伏兵も考えられる。……兵を送っても、まずは安全が保証されねばならん」
そこで参謀の一人が視線を冒険者と傭兵の方に移した。
「――調査は彼らに任せる。砦内部を踏み込み、危険の有無を確かめよ」
重苦しい空気の中、獅子と踊る骸骨のリーダーで冒険者隊代表のガロルドが前に出る。
「冒険者隊、傭兵隊を先行偵察に用いる。砦の内部構造、残された魔術的な痕跡を調査し、昼までに報告を上げろ」
クレアが眉をひそめる。
「炎に焼かれてなお、何か残っている……そう思っているのですね」
参謀は無言で頷き、黒く煤けた地図の一角を指で叩く。
「敵は砦を“捨てた”。つまり、あえて痕跡を残した可能性が高い。……ただの廃墟では終わらぬだろう」
バルドが剣の柄を叩いて笑う。
「ならば、俺たちの出番だな。生き残るコツは、先に危険を踏むことだ」
ユリクは黙って矢を点検し、レオンは盾を握りなおす。
真時は地図を見つめ、昨夜の魔法陣の残像を思い出していた。
――まだ何かが続いている。そう直感で感じていた。
やがて、軍令が下される。
「調査隊、出発準備を整えよ!」
城門が開かれ、冒険者や傭兵の一団が進み出す。
朝靄の向こうに、黒煙を吐き続けるガリニ砦の影がゆらめいていた。
そこには焼け跡だけでなく、昨夜の「執行者」の残した痕跡が眠っているのかもしれない――。
――砦調査開始へ。
昼前。
冒険者と傭兵の一団は、黒煙の中に立ち尽くす砦へと到着した。
巨大な石造りの城壁は半ば崩れ、炎の名残で赤黒く煤けている。
空気はまだ焦げ臭く、地面には熱気が残っていた。
焼け落ちた木製の門は灰となり、瓦礫の隙間から煙だ立ち上る。
「……酷いな」レオンが低く呟く。
「昨日の夜に放たれた火だ、まだ燻ってやがる」バルドは瓦礫を蹴飛ばした。
砦内部に足を踏み入れると、地面は灰に覆われ、崩れ落ちた屋根材や武具の残骸が散乱していた。
兵士たちの影はなく、ただ風が吹き抜ける音だけが響く。
クレアは手をかざし、魔力の流れを探る。
「……残滓がある。強い魔術が行使された痕跡。けれど、火で隠すように消されている」
ユリクは弓を肩にかけたまま、瓦礫の影を警戒している。
「おかしいな……死体もほとんどない。引き揚げたんじゃなく、跡形もなく消えたみたいだ」
真時は砦の中心部――かつて大広間だったであろう場所に目を向ける。
床は崩れ落ち、黒く焦げた石の下に地下へ続く穴が開いていた。
そこからは冷気が吹き上がり、灰の匂いに混じって「湿った土」と「血」のような匂いが漂ってくる。
「……地下があるな」ガロルドが低く言う。
「上は焼き払われたが、地下は……わざと残されたのかもしれん」
一団の背筋に冷たいものが走る。
炎で覆い隠されたのは、ただの撤退ではなく“何かを封じた”か、“何かを残した”のか――。
その時、崩れた壁の影から、焼け焦げた兵の盾が倒れるように音を立てた。
誰も触れていないのに。
風ではない。
「……下に、何かいる」クレアが小声で告げた。
砦は廃墟となり果ててなお、生きた気配を孕んでいた――。




