街にて
三人の冒険者とともに坂田は街へ戻った。
城門をくぐると、安堵の息が漏れる。
石畳を踏む足取りは重く、全員が疲労を隠せなかった。
「ふぅ……やっと帰れたな」バルドが大剣を背に担ぎ直す。
「酒場で一杯やらなきゃやってられん」
坂田は笑みを作りつつも、懐の銀貨袋を無意識に確かめていた。
中には――もう一枚しか残っていない。
(次に使えば、本当に路頭に迷う……宿代も、飯代も払えなくなる)
そんな思考を遮るように、ギルド前の広場から怒号が響いた。
「捕まえろ! そいつだ、盗人だ!」
振り返ると、男が人混みをかき分けて走ってくる。
背負った袋からは、薬草や食料がこぼれ落ちていた。
その後をギルドの兵士が追う。
だが、盗人の逃走方向――それは坂田たちの正面だった。
「危ない!」ユリクが盾を構えようとする。
だが兵士も人々も入り乱れ、通行人の悲鳴が飛び交う。
坂田はとっさにナイフを抜いた……が、手が震えている。
(戦えない……あの狼の時と同じだ……)
盗人が目を血走らせ、こちらへ突っ込んでくる。
「どけェッ!!」
刹那、坂田の脳裏にあのファンファーレが鳴り響いた。
幻聴のような歓声、競馬場のざわめき。
(だめだ……街中で……でも、このままじゃ……!)
銀貨袋を握りしめ、彼は叫んだ。
「スキル――競馬、発動ッ!」
時間が止まった。
誰にも聞こえないはずのファンファーレが坂田の鼓膜を打ち破り、石畳に光のレールが走った。
幻のゲートが開き、掲示板が瞬時に浮かぶ。
《1枠:疾風の栗毛》
《2枠:剛力の黒駿》
《3枠:幻影の白馬》
「……三番に最後の銀貨を!」
幻影の白馬が疾走し、盗人の足元へ突き抜ける。
見えない衝撃に絡め取られたように、男の身体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。
盗品が四散し、兵士たちが一斉に取り押さえる。
広場は騒然となり、誰もが「何が起きたのか」理解できずにいた。
ただ、盗人だけが震え声で呟く。
「い、今……馬が……馬が走り抜けた……!」
バルドたちは坂田の方を見た。
レオンが眉をひそめる。
「……おい、新米。今のは……?」
坂田は息を切らし、額から汗を流しながら必死に笑った。
「……さぁな。ただの、運じゃないか?」
だが――懐の銀貨袋は、もう空っぽだった。




