森.2
坂田は狼の唸り声に振り返った。
茂みの奥から、三匹、いや四匹か――目の光が次々に現れる。
群れだ。
「……まずい」
ナイフを握る手が震える。
さっきの一撃で銀貨は一枚消えた。残りは一枚と数枚の銅貨。
ここでまた使えば、命は拾えるかもしれない。だが、街に戻れば宿も食事も払えない。
狼たちが低く身を伏せ、同時に飛びかかろうとした瞬間――
「おい、下がれッ!」
鋭い声とともに、森を切り裂くような大剣の軌跡が閃いた。
飛び出した一匹が真っ二つに裂け、血飛沫を散らして地に沈む。
続いて矢が風を裂き、もう一匹の眼窩を射抜いた。
「ぐぎゃッ」と悲鳴を上げて転げ回る狼。
「こっちは任せろ!」
「背中を空けるな!」
現れたのは三人の冒険者。
粗末な鎧を着た大柄な戦士、弓を構える痩身の男、そして盾を構える青年。
いずれもまだ若いが、動きは洗練されていた。
坂田が呆然と立ち尽くしている間に、彼らは残りの狼を連携で追い払い、あっという間に森の静寂を取り戻した。
「……ふぅ。危なかったな」
盾を持った青年が汗を拭い、坂田に目を向けた。
「お前、新顔か? まさか一人で森に入ったのか?」
坂田は苦笑を浮かべるしかなかった。
「……依頼で薬草を取りに来ただけなんだ。まさか狼の群れがいるとは思わなかった」
戦士が大剣を担ぎ直し、鼻で笑う。
「世間知らずだな。森に入れば獣や魔物なんざ当たり前だ。死にたくなきゃ、群れで動け」
弓の男がにやりと笑い、薬草の袋に目をやる。
「だがまあ、運は悪くなかった。俺たちの帰り道で助けを呼べたんだからな」
坂田は胸の奥で苦いものを飲み込んだ。
自分のスキルで命を繋いだとはいえ、結局最後は助けられたのだ。
それでも、彼らの姿に確かなものを感じた。
――これが、冒険者たちの現実。
「……助けてくれてありがとう。俺は坂田。今日、ギルドに登録したばかりの新米だ」
三人は互いに顔を見合わせ、うなずいた。
「俺はバルド。こっちはレオンとユリク。
まぁ、気にするな」
バルドが大きな手で坂田の肩を叩いた。
「お前、一人じゃすぐ死ぬぞ。仲間がいないなら、町まで一緒に帰るか?」
坂田は一瞬、返事に迷った。
彼のスキルは秘密だ。迂闊に知られれば奇異の目で見られるか、利用される危険すらある。
だが――群れで動くことが生存率を高めるのは間違いなかった。
坂田は小さく息を吐き、うなずいた。
「……そうだな。一緒に行かせてもらうよ」
こうして坂田は、男だけの三人組の冒険者と共に行動を始めることになった。
それが、彼の運命のリールをさらに大きく回していくことになるとは、この時まだ知らなかった。
坂田は三人の冒険者と並んで森を抜け、街へ戻った。
道すがら、彼らの会話を聞いていると自然と分かった。
バルド――無骨な戦士。力で前に出て仲間を守るのが役目。
レオン――弓使い。皮肉屋だが冷静で、状況を読むのが早い。
ユリク――盾持ちの青年。臆病に見えるが仲間思いで、支え役を買っている。
三人のやり取りは軽快で、気づけば坂田も会話に巻き込まれていた。
「それにしても、お前よく一人で生き残ったな」バルドが笑う。
「狼に囲まれたら、普通は逃げる間もなく喰われるぞ」




