森
森は思っていた以上に深かった。
陽の光が木々に遮られ、昼なお暗い。鳥の鳴き声もせず、聞こえるのは風に揺れる枝葉と自分の足音だけ。
依頼書に記されていた薬草〈月影草〉は、湿った地面や木陰に群生するとあった。
坂田はしゃがみ込み、地面を探る。
ほどなくして、薄紫色の花をつけた草を見つける。
「……これだな」
慎重に根ごと掘り取り、袋に入れる。
銅貨十枚のための単純な作業。
だが坂田は、背筋に薄い緊張を感じていた。
――何かに見られている。
木の影が揺れた。
耳を澄ますと、落ち葉を踏む軽い足音。
次の瞬間、茂みから灰色の獣が飛び出した。
「ッ、狼……!」
一匹。だが目は血走り、牙を剥き出しにしている。
普通の村人なら逃げるしかない。
剣士なら構え、魔術師なら詠唱を始めるだろう。
坂田は、腰の小袋を握った。
スキル【スロット】!
銀貨一枚。
これを対価に――リールを回す。
世界が一瞬、静止した。
時間が止まったかのように、狼の跳躍は宙で凍りつく。
頭の中でリールが回転し、絵柄が流れる。
小役、外れ、リプレイ……。
坂田は息を呑み、指先で“狙い”を定めた。
――カチリ。
揃ったのは「炎の三枚」。
次の瞬間、狼の足元から小さな火花が弾け、乾いた落ち葉が一瞬燃え上がった。
驚いた狼は跳躍を逸らし、木の幹に激突して転がる。
「……助かった」
だが胸の奥には冷たい実感も残る。
小役であの程度。大役なら、もっと強力な結果を引き出せただろう。
だが、対価を払うたびに財布は軽くなる。
坂田は荒い息を整えながら、倒れた狼を見下ろした。
(はぁはぁ、、このスキルは諸刃の剣だ……。使わなければ死ぬ。だが使いすぎれば生き延びられない)
それでも――彼は笑みをこぼした。
初めて“冒険者”として、自分の力で命を繋いだからだ。
「よし……薬草を集めて、街に戻ろう」
だがこの時、森の奥から再び低い唸り声が響く。
一匹ではなかったのだ。




