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第8話:はぐれメイドが現れた

 珈琲——こんなにも優雅で香り深く食後の余韻を楽しませてくれる飲み物だったとは。




 学生時代から現代日本までのギャップが二十年。




 異世界にはなかった珈琲を嗜めるようになった俺は、やはり大人になったのだなと実感する。




「特に甘味との相性が抜群に良い。大人の楽しみ方って奴だな」




 目の前でメロンソーダを啜っているソフィアにチラリと視線を向ける。




 ふふ、見た目は美女へと成長しても、まだまだ子供の名残は残っているな。




「甘いメニューを端から端まで頼んではしゃいでいる様な子供っぽい勇者にだけは向けられたくない類の視線だと思う」




「……ふ」




 女ってのは何故こうも勘が鋭いのか。




 甘いものではしゃぐ? ふふ、仕方が無いだろう? 


 糖分なんて異世界にはまともに無いのだから。




 むしろスイーツに反応しない女子の方が間違っているのでは?




「なに?」




「特に何もないです、はい」




 俺たちは、まだファミレスにいる。




 あれから何時間経っただろうか? 窓の外から見える空が白み始め、現世に帰還して初の朝日が店内に差し込み始めていた。




 二十四時間開いているレストランなんてのも俺たちのいた異世界では体験できない仕組みかもしれない。




 店内には俺たち以外客の姿はなく、それでもダラダラとメニューの端から注文を繰り返していく俺たちは店に良く店員には迷惑で変な客。




 という認識で間違えようのない程に定員の表情が露骨に心情を物語っている。




 何故俺たちがこんなにもファミレスに入り浸りメニュー全制覇まであと一歩という偉業を成し遂げるに至ろうとしているかといえば。




「勇者の言う電車? という乗り物? に乗れば、本当に勇者のお父様とお母様に会いに行ける?」




「ん? ああ、電車なら多分大丈夫……なはず」




 流石に二十年で地名が変わることはないだろうし、駅もあるはず。




 地元にさえ戻ればいくら様変わりしているとはいえ俺にも勝手がわかる、と信じたい。




 正直、実家に帰るのは、現世で寄るべのない俺にとって無難な選択肢ではあるのだが、




「なあ、どうしても実家じゃないとダメなのか? 色々と説明がややこしい問題も……」




 思い立っては見たものの、二十年間、音信不通だった息子が妹よりも若い少女を伴っていきなり帰ってきたら……うん。




 大事になる予感しかない。




 帰りたくないか?と聞かれれば勿論、帰りたいと言う思いはある。




「正直、どの面下げてって気持ちもあるんだよなあ——」


「ダメ、勇者はご両親に会うべき。私も会わなければいけない」




 当のソフィアが何故か頑として譲ってくれない。




 俺は、そんな彼女の言葉に渋々頷いてはいるのだが、どうにも気持ちの整理がつかないままだ。




「シュナイムがいれば賑やかしもあって勢いでなんとかなりそうな気もするんだが」




 気まぐれな『水猫』、数時間前にはファミレスに飽きて、世にも珍しい空色の毛並みをした猫にその姿を変じると『ボクはボクなりにこの世界を満喫してくるよ〜』などと言いつつちゃっかり俺の資金から十万ほどクスねて真夜中の街中に消えていった。




 どんな契約精霊だよ。




 その気になれば、【精霊契約】でパスの繋がっている俺はいつでもシュナイムを呼び戻せるが、それをやるとあの気まぐれはとてつもなく不機嫌になって俺の【精霊魔法】にも著しく支障をきたす。




 本当に契約精霊なのか? 今更な疑問と栓のない思考に逃げ込んでいた俺。




 ジッと、美しいアメジストの瞳を細めて睨んでいたソフィアの視線が妙に気まずく思い視線を彷徨わせる。




「私とじゃ、不満なの?」


「滅相もございません」




 咄嗟に平謝りを返した俺に可愛らしく頬を膨らませたソフィアへ誠意の証として俺は彼女の飲みかけのメロンソーダにまだ手をつけていないバニラアイスを献上する。




「む! 私のメロンソーダになんて事っ!」




 更に激怒しかけたソフィアを宥めて一口飲むように進めた。




「——っこれは」




「クリームソーダ。そのジュースが好きならハマらないわけがない」




 ソフィアが歓喜に震えている。




 正直あんなに辛い物好きだとは思わなかったが、炭酸系のジュースをあれだけ気に入っているのだから甘いものが嫌い、と言うことはないだろうと思っていた。




「この世界の食文化は奇跡を体現している。魔王の娘も満足」




「魔族のお姫様に喜んでいただき恐悦至極にございます」




 恭しく礼をして見せれば小さく笑みを溢すソフィアにつられて俺も少し肩の力が抜けた様に笑い返す。




 自分の心が荒んでいたと改めてわかってしまう。




 それほどに今この瞬間、流れる時間は温かく——。






「お待たせいたしました。こちら、メイド一推しハニークリームメイド盛りケーキと、メイドも唸る絶品チャーハン〜メイドの粗塩を添えて〜でございます」






 じっとりと背中に冷たい汗が流れるのがわかった。




 こんな感覚はいつ振りだ? 俺はいつでも虚空から【聖剣ルクス】を引き抜けるように準備。




 ゆっくりと視線をテーブルの前、《《気がついたら》》立っていた灰色の生地に白いエプロンをかけた、明らかに店員ではない格好のメイド服をきた人物の顔を視界に入れようとした。




 ガシャン——と頼んでもいない異物? 料理と呼ぶには悍ましいナニカが乗ったプレートがテーブルの上へと乱雑に置かれる。




 刹那、魔法を当然のごとく無詠唱で驚くべき展開速度で持って発生させたソフィアの周囲に闇色の槍が複数展開。




 躊躇する事なく行使されたのは闇系統上位の攻撃魔法。




 俺でもギリギリ躱わせるか疑問の残る魔王直伝の闇魔法は常人ならば反応することも許されず全身を貫くほど洗練された、美しすら覚える華麗な一撃。




「ご主人様方、メイドに警戒は不要です。何故ならば、メイドとはかしずく者!」




 鈴を転がす様な声で凛と声を発した少女は真っ白な髪を揺らすことなく指の隙間に挟み込んだナイフとフォークを煌めかせる。




 最低限の腕の動きだけでソフィアの魔法を完封したっ!?




 同質量の魔力をぶつけて消失させる絶技まで披露してみせる手腕。




「——俺たちが目の前に立たれるまで気がつけない時点で異常だが。  


 何者で、何の用だ」




 テーブル下で【聖剣】の柄を握り、剣身は異空間に収納したまま。




 どの角度からでも抜剣できる構えで灰色と白の印象が強いメイドを自称する少女を鋭く睨み据える。




 咄嗟に行使した最速の魔法がいとも簡単に封殺され驚きに目を見開き身を固めてしまっているソフィアから色素の薄い薄水色の瞳が問い掛けた俺の方へチラリと動く。




「わたくしは『はぐれメイド』です」




「……」


「……」




 穏やかな雰囲気から突如として最大限の警戒体制へと切り替えた俺とソフィアは少女の一挙手一投足に最大限の警戒を向けている。




 故に少女の言葉から紡がれた言葉にソフィアは只管困惑をその瞳に宿し、俺は俺で『はぐれメイド』という言葉を何かしら意味のある言葉に定義しようと、『加速させた思考』の中で永遠と自問自答し続け、結果俺たちは数秒間の沈黙。




 なんとか絞り出した声で俺は問い掛けた。




「……仕える事を辞める、もしくは『はぐれる』ほど主人を見失っているメイドは、最早メイドではない、んじゃないだろうか」




 よくわからない言動に反して、ソフィアの魔法構築速度を軽く上回る対応力。




 相当な実力者であることが窺える謎すぎる少女は、薄水色の瞳をギョロリと俺に向けた。何この子、怖い。




「メイドがメイド足り得る所以は主人にあらず、です。『はぐれメイド』たるわたくしは生まれてからずっと主人となりえる器の人物を探し!!


 つ・い・に・わたくしを『きんぐメイド』たらしめる可能性がる主人候補に巡り会えました」




 最初からメイドですらない。




『はぐれ』とか『きんぐ』とか、何だ? 君は魔法体制ガチガチだけどHP2とかのスライム系モンスターなのか? 




 などという疑問はあえて口に出さず、ふざけている様にしか見えないにも関わらず一分の隙もない『自称謎メイド少女』の挙動をじっくりと見据えたまま無言を貫いた。




「……」




「……あなたの言う主人に相応しい人って、誰?」




 あえて沈黙をやぶり声を発したソフィアへ再びグリっと視線を向けた謎メイド少女は、手にしていた銀色に光るナイフやフォークをガンっとテーブルに突き刺す。




 空いた両手でスカートの端を摘み今更なカーテーシーを優雅に決めた。




 仕草の中に一欠片もメイド要素がない。


 こんな子、異世界にすらいなかったけど。




「フっ、今はまだその時ではありませんので。——本日は、この辺でお暇をいただきます。最後にお二人のご健勝とご多幸を心よりお祈り申しあげます」




 どことなくフォーマルな挨拶文風な締めくくりに面食らっていると、気がつけば視界を白い霧に覆い隠される。




 敵意はなし、この場から去るのは事実の様だ。




『では、またの機会に——異界より来たりし魔族の姫と元勇者様』




「「——⁉︎」」




 気配が完全に消える直前、溢れ聞こえた台詞は聞き捨てならない。




 俺の意思に応えるように右手の薬指に嵌められた指輪が淡い翡翠の光を瞬かせた。




「消えた? 勇者、今の女は」




「主旨から言動まで一つも意味がわからなかったが、なぜか俺たちの事を知っているとんでもない強者という厄介な事実だけは理解できた」




 謎の自称メイドを名乗る不思議な少女との出会いは、二十年ぶりに故郷に帰還し、ようやく取り戻しつつあった余裕と穏やかな時間に小さくはない不穏を植え付けて消えたのだった



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