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第87話:戦いとは始まる前に終わっている。

 俺が脳内で精霊たちに向けて騒ぎ、当の本人である『地狼』をガン見すれば、スンとそっぽを向かれる。




 何かを察した舞衣に強く睨まれたりと、アレコレを繰り返しながら少し廊下を進めば一際広い区画に分けられた部屋の前へとたどり着いた。




「マスター、失礼します。氷室です! 兄をお連れしました!」




『どうぞ、勝手に入ってきて〜』




 部屋前に設置されたインターホンで入室の許可を本人から得た舞衣が首から下げた社員証を扉のセンサーにかざすと重厚な作りの自動ドアがスーッと開いた。




「やあやあ、いらっしゃい! 氷室さんにお兄さん、突然の呼び出しに応じてくれて感謝するよ」




 立派な作りのオフィスデスクから立ち上がった少年のような見た目の男——蛇喰蒼真が両手を広げて立ち上がり、歓迎の意を示す。




 見た感じ体の不調はなさそうだな。




 俺はエハドのやらかしで後遺症などを負っていない事を確認すると一先ず安堵のため息を漏らす。




 一応咄嗟に遠隔で【治癒魔法】をかけたのが正解だった、と、あの時の自分の判断に対し賞賛を送っていると、ニヤリとほくそ笑んだ蛇喰が俺をジッと見据え、




「全治ポーション四個分、しかも最高級」


「ん?」




 意味のわからない単語を不意に投げかけられ俺は硬直する。




 ゼンチポーション?




 全治?




 ポーション?




 ————!? まさかっ!?




「氷室さん、今の市場で最高級ポーションってどのくらいの金額だっけ?」




「? ポーション、ですか? そうですね、最高級の物になると一本、一千万は下らないんじゃ無いでしょうか? その代わり最高級品ともなれば瀕死の重症でも【治癒】できる可能性があるらしいですが……それがどうかしましたか?」




「いやいや、大丈夫! ありがとう。……だ、そうですよ、お兄さん?」




 蛇喰の言葉に終始首を傾げている舞衣。




 人好きのする笑みでニコニコと佇む蛇喰を前に、俺は額と背中から止めどなく流れている冷たい汗を必死に誤魔化していた。




 一本一千万? なにが?




 ポーションが? つまり四個で四千万?




 なにが? ポーションが!?




 待て、待て待て、俺は確かにあの時【治癒魔法】をかけたはず、俺の【治癒】は並のポーションなんかより余程——。




「あ、そういえばマスター落石の怪我もう大丈夫なんですか?」




「うん。偶然ぶち当たったビルが、その衝撃で揺れて、倒壊した上部の瓦礫が降ってくるなんて思いもしなかったよ!




 でも流石最高級ポーションだね、この通り後遺症もなく元気さ!




 ……四本分の出費は手痛かったけど、命には変えられないからね〜」




「あ、ポーションってその時の話なんですね?」




「そうそう、特にあの時は需要と供給の関係で価格が跳ね上がっていてね、一本あたり一千八〇〇万もしたんだよ〜」




「え〜、それ、アタシだったら払えずに大変な事になってたかもです」




「ね〜、たまたま払えたから良かったけど、これも一重に『ブルーサーペント』でみんなが必死に頑張ってくれているおかげだよ! 僕なんかのためにそのお金を使ったと思うと心が」




「何を言っているんですか!!


 マスターはクランにとって絶対に必要な存在です!




 そんなマスターの命の危機に私たちの日頃の努力が間接的にお役に立てたと思うと、光栄です!」




「うんうん、僕は部下に恵まれてとても幸せものだよ……お兄さんも、そう思いますよね?」




 にっこりと微笑む蛇喰とそんな蛇喰を尊敬の眼差しで見つめる舞衣。




 俺の全身はシャワーでも被った様に汗という汗でずぶ濡れだ。




「……自分が力になれることがあるなら、何なりとお申し付けください蛇喰マスター様」




 交渉は、そのテーブルにつく前から既に終わっていたのかもしれない。








 ***








 いっそ水たまりが作れそうなほどの汗でズブズブになった服をひっそりと風の【魔法】で乾かした俺は、蛇喰マスター様の執務室、その隣に設けてあるかなり広めのトレーニングルームへと移動していた。




「俺と模擬戦って、正気ですか蛇喰マスター様」




「あはは、もうそのキャラやめていいよお兄さん、僕も涼真さんと呼ぶから、僕のことも好きに呼んでくれないかな? あと敬語も使わなくて良いから」




 カラカラと可笑しそうに笑う蛇喰に若干青筋を浮かべ、チラリと視線をトレーニングルームの隅に向ければ見学の舞衣がアルバと共にどこかワクワクした様な表情で俺たちを見ていた。




 結果的に俺が弱みを握られている事に変わりはない、そのことを再認識し、比較的丁寧に応える。




「じゃあ、蛇喰……君」




「あはははっ、似合わないって! さっきの事は涼真さんが後から僕の依頼を聞いて承諾してくれたら水に流すから! 自然体で行こうよ!」




 明らかに気を揉みまくっている俺の反応を楽しんでいる様子に拳を強く拳を握り、ゆっくりと脱力した。




「——はぁ、わかった。


 で? こんな茶番けしかけて来たお前の目的はなんだ? 蛇喰」




「そうそう、そんな感じで今後もよろしくね、涼真さん! まあまあ、まずは軽く汗でも流してお互い親睦を深めようじゃないか」




 もったいぶる蛇喰に俺は肩を竦めて返し、蛇喰は見た目通りの無邪気な子供っぽい笑顔を湛え、取り出した『青い槍』、所謂〈ウェポンモジュール〉とやらを、カランっとぞんざいに放り投げた。




「模擬戦って言っても涼真さん相手には、こんなガラクタ無しの『本気』で行かせてもらうよ」




「? おまえらはそれがないと【魔法】が使えないんじゃ?」




 無駄に装飾だけは拘った文字通り俺の目から見ても『ガラクタ』という言葉に全面同意する『青い槍』を手放した蛇喰の意味深なセリフに俺は首を傾げる。




 魔力無しの組み手ってことか?




 にしては、ガラクタを使わない『本気』ってのは。




 放られた槍に一瞬意識を向け、要領をえない言葉の意味に理解を求めようと蛇喰へ視線を戻した瞬間。




 青い髪を揺らす少年の姿が、掻き消えた。




「こういう事だよっ!」




 瞬間、俺の耳元から聞こえた声に俺は咄嗟に片腕でガードを行う。




 蛇喰は宙に飛んだ姿勢であるにもかかわらず、その小柄な体躯に似合わない遠心力を乗せた強烈な回転蹴りがガードした腕に突き刺さる。




「——っ、見かけによらず、中々重いのくれるじゃねぇか!」




 俺は蹴り放たれた方の足を瞬時に掴み取り、引き寄せながらその顔面に遠慮抜きの一撃を見舞う。




 足を掴んだ方の手に違和感。




「っと、危ないな! 今のマトモにもらってたらワンチャン死んでたよねっ!?」




 力が緩んだ瞬時の隙をついてアクロバティックな動きで宙で回転し殴りに行った拳を回避した蛇喰は少し離れた位置に着地。




 口元はニヤついているがその瞳は真剣だった。




 俺は自分の手に感じた不可思議な感覚の正体を確かめるため手のひらに視線を落とす。




 氷? だけじゃない、この痺れ。




「毒か?」




「流石、ご明察。って言っても普通なら巨大なヒグマでも痺れて一日動けなくなる毒なんだけど……平気そうだね?」




「俺の耐性が毒は無効化するからな」




 平然と言ってのけた俺の言葉に引き攣ったような笑みを湛えた蛇喰はやはり期待に満ちた瞳で無邪気に叫ぶ。




「あはははっ! 『耐性』って何さ! どんだけチートなんだよ涼真さんっ! もう出し惜しみは一切なしで行くよ!




 失礼のないように、これが僕の全力だ!【妖魔術:氷毒双蛇】」




 蛇喰の全身から立ち上る馴染みのない『力』。




 魔力、ではない。アレは——。




 瞬間、〈ウェポンモジュール〉を使用していないはずの蛇喰の両手から迸る『冷気』がまるで【魔法】のように姿形を青白い氷の蛇へと変容、猛烈な冷気と『瘴気』を撒き散らしながら双頭の氷蛇が俺を両サイドから挟み撃つ。




 俺はあえて宙へと跳躍、氷蛇の凶牙を躱すと、




「それは悪手なんじゃないっ! 涼真さん!」




 蛇喰が操る氷蛇が空中で身動きの取れない俺に向けてそれぞれの頭から冷気の塊、瘴気の塊を吐き出す。




「そうでもないさ」




 途端に巻き起こる暴風が冷気と瘴気を掻き消し、俺はその『風』を足場に前進。




 瞬時に蛇喰の背後へと降り立つと肩を抑えて首筋に手刀を添える。




「……っ、はは、想定以上すぎて言葉も出ないや。僕の負けだよ」




 両手を上にあげどこか呆れた様に降伏を宣言した蛇喰。




 俺は肩から手を離し蛇喰から一歩距離を取ったところで、




「すごいっ! すごい、すごいです! マスターも〈ウェポン〉無しで魔法が使えたんですかっ!?




 アタシも今特訓中なんですけどまだ【身体強化】くらいしか出来なくてっ!




 お兄ちゃん、さっきの風? を蹴ったやつどうやったの!?


 アタシも出来るようになるっ!?」




「あ、ああ、アレは【魔法】というか、【妖魔術】といって……」


「おお、おう、訓練すれば、出来るようになるんじゃないか?」




 蛇喰の使用した『力』の正体に俺も思うところがあったが、それ以上に興奮した舞衣が乱入した事で俺と蛇喰は同様にたじろぎ、苦笑いを浮かべるしかなかった。

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