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第86話:意外な恋のフラグ

 かれこれ小一時間ほど電車での窮屈な時間を乗り越え、未だモンスターの爪痕深く残る中央区の街並みを目にしながら辿り着いたオフィス街の一角。




 堂々たる〈クラン〉本部の威容に俺は唖然としていた。




「これ、このビルが全部あの小僧——『ブルーサーペント』の〈クラン〉なのか?」




「四大クランのビルに比べたら普通な方だけど、まあ、その辺の中小〈クラン〉には真似できない規模だよね」




 オフィス街のビル一棟を丸々〈クランハウス〉にするって、どんだけ金かかってるんだよ。




 これは、とんでもない奴を相手に俺はとんでもない事態を働いたのでは?




 あ、ヤバい、そう考えるといきなり胃が、痛く——。




「エハド……やってくれたな」




『小娘の管理も含めてオジキの責任じゃけぇ』




「っく! お前はどっちの味方なんだよ」




「お兄ちゃん! アルバ君、行くよ〜」




 慣れた足取りでビルの入り口へと向かっていく舞衣の背中をアルバといがみ合いながら追いかけると、入り口前で「ちょっと待ってて」と舞衣に制され入場を管理するための簡易ゲート前で立ち止まった。




「おはようございます、氷室教育部長」




「おはよー! 後ろの人は『マスター』とアポイントのお客さんだから許可書の発行お願い」




「畏まりました」




 入場口に設けられた簡易ゲートを颯爽と通過した妹が受付の女性と気さくにやり取りをして俺用の『許可証』とやらを発行してもらう。




 妹は〈クラン〉内でも相応のポジションらしく行き交う同僚らしき人間が律儀に挨拶をしながら通り過ぎていく。




「あいつ、本当に社会人の先輩なんだな……」




 高校生活初日に異世界へと飛ばされた俺は、その後の人生の殆どを『訓練』と『戦闘』、しまいには『逃走』で費やしてきた。




 当然現代社会人としてのマナーもイロハも知っている訳はなく、今見えている社会人としての妹の背中がやけに遠く、違う世界の人間のものに思えてならなかった。




「お待たせ〜、て、お兄ちゃん? どうかした?」




「ん、ああ、いや何でもない、行こうか」




 ちょっとだけセンチな気持ちになってしまったおっさんハートを隠すように笑って誤魔化し俺はもらった『許可書』を簡易ゲートにかざしてビルの中へと足を踏み入れた。




「社会人、っていってもこの光景はやっぱり慣れないな」




 足を踏み入れたビルの内部は多くの人間が忙しなく行き交っているがその殆どが、スーツに『軽鎧』だったり、ビジネスバックへと当然のように両手剣が装着されていたりと、ある意味俺にとってのよほど異世界な光景が広がっていた。








 ***








 舞衣と二人乗り込んだエレベーター、最上階のボタンが押され僅かな浮遊感と共に上階へと番号が点滅していく。




「……」


「……」




 別にいやな沈黙、と言うわけでもないのだが初めてきた場所ということもあって若干緊張気味だった俺は、なんとなく気になっていた話題を振る。




「そういえば、あのメガネ——婚約者とは最近どうなんだ?」




「あー、うん。あの事件以来、人が変わった様に率先してダンジョンに潜ったり、戦闘訓練に参加したり……みたいな感じだけど。




 先に言っちゃうとね? 一旦婚約は白紙に戻してもらったの」




 気になっていた関係性を躊躇うことなく伝えてきた妹の言葉に俺は僅かに安堵した。




「アタシも〈ダンジョン〉の事件以降、思うところがあって……今は、恋愛よりも『強く』なる事の方に集中したいって感じ? 最近はアルバ君に空いた時間で訓練してもらってたり……」




 チラリと足元で寝そべっている狼モードのアルバに視線を送る舞衣。




 舞衣の視線にスンとした態度で目を瞑ったアルバの反応に何故か嬉しそうにクスリと笑みを湛えている。




「アルバと訓練してたのか、俺でもこいつ相手に近接戦闘で一本取るのは苦戦必須だからな。確実に強くなれると思うぞ」




 間違いなくアルバは異世界基準で肉弾戦最強クラスの一角。




 その教えを受けて妹が強くなるのは願ったりだ。




 俺は婚約解消の話と合わせ気持ちが少し高揚し、




「時間があれば俺も舞衣の指導に——」


「それはいいや、アルバ君で間に合ってるし、二人きりの方が、何かと捗るし」




 即答——。




 いや、一瞬チラリとアルバに視線を向けて僅かに頬を紅潮させた舞衣の反応に俺はとてつもない違和感を覚えた。




「ま、舞衣? まさかとは思うが」




「あ、着いたよ! お兄ちゃん失礼のない様にね! いこ? アルバ君」




「ワフ」




 俺の問いかけを遮る様に最上階へと到着したエレベータの扉が開き、アルバを伴って歩き出す舞衣。




 連れ歩く二人の後ろ姿に一瞬人型のアルバと舞衣が仲良く歩いている光景を幻視。




 いや、いやいや、流石に無いはず。




 アルバは精霊で普段は『犬みたいな狼』全開で生活している。


 


 そんなアイツに恋愛的な感情なんて。




『ノン、ギャップ萌えじゃね?』


『アル兄、顔は良いもんね〜』


『わっちは応援しんす』




 ええい喧しいっ! 例え舞衣にその気があったとしてもだ、前提として精霊が人間相手に恋愛感情を抱くことはないだろ? 




『……』


『……』


『……』


『……』


『妾はユキが大好きだぞっ!』




 なんか言えよっ! え、あるのか?




 エハドのは別ものとしても、マジであり得るのか?




 いいや、認めん、お兄ちゃんは認めんぞっ⁉︎




『……』


『……』


『……』


『……』


『……』




 だから、何か言ってくれよ!?

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